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第十八話


一五二一年 一月 能登七尾 



能登七尾城から海寄りに離れたとある寺院。

七百年近くの歴史を誇る真言宗の寺院であり、長尾家の宿として割り当てられているところだ。

私・長尾道一丸は同盟国である能登畠山家へ新年の挨拶に来ていた。

その主目的たる挨拶を終え、私達長尾家一行は宿として利用していたこの寺に帰ってきたところだった。



「若、本日の御役目、お疲れ様でございました。」



私に話しかけてきたのは(おそらく)目付として同道してきたであろう、中条藤資(なかじょうふじすけ)だ。



「うむ、中条藤資殿もご苦労であったな。」

「長尾家嫡男であらせられる若が畠山殿へ挨拶に伺ったことにより、両家の関係はより強固なものになりましたでしょうな。」

「そうだな。」



私は空返事をしながら、部屋の奥の方へ腰かけた。

この中条藤資(なかじょうふじすけ)と言う男は揚北衆(あがきたしゅう)と呼ばれた越後北部に割拠した国人領主でありながら、政治的には父・為景と同盟関係にあった武将だ。

(ほかの揚北衆(あがきたしゅう)は長尾家と対立するものが多かった。)

それだけに父・為景からも目を掛けられており、正確に言えば越後守護上杉家中にいる長尾家と同格領主な訳だが、長尾家中で重きをなす者として此度の能登訪問に同行したという事になっている。その実は、私の目付であろう。



「藤資殿よ、父上に報告できるようなものはあったかな…?」

「わ、若…、何をおっしゃいますので…」



元々病弱であった私は父・為景にあまり期待をされていないのは分かっていた。

正室の長男であるから私は嫡男でいられるのであって、もし名家から養子を迎えたり、別に男子が生まれれば私はおそらく廃嫡される運命であったはずだ。

そんな私はここ数カ月ですっかり健康を取り戻していったのだから、父・為景は喜ぶどころか不信感を覚えたのだろうと私は睨んでいる。



「まあ良い。藤資殿は此度の会見はどう思われたかな?」

「そうですな、某としてはやはり畠山殿は能登国内をより強固に掌握されたと思われまする。」

「御父上を廃し、その重臣であった遊佐美作守等を追放されたからな。」



伝え聞いた話によると、畠山義総の手際は見事なものと聞いている。

家臣達を七尾城から遠ざけている間に父親の御所を急襲し、隠居を余儀なくさせた。

自らの弟達は婚儀を結んだ義弟・神保長職に身柄を確保させ、僅かな犠牲のみで国内を掌握したのだった。

そう、これは神保長職の働きが大きい。

自分の義妹と婚姻したばかりの義弟を重要な位置に配したのは、畠山義総の采配なのだろうか?

それとも…?



「畠山義総殿と義兄弟になられた越中守護の神保長職殿についてはどう見えたか?」

「かの御仁はいまいち某には分かりかねまする。しかしながらつい昨年まで敵方てあった筈の割には、畠山義総殿との関係が近いように見えましたな。」



それはその通りだ。

八月に越中の氷見で会った時に惜しげもなく私の為に薬を都合したのも実に不思議だ。

今までは畠山義総と一緒でしか話をしたことが無かったから、是非直接話をしてみたい。



「よし、折角の機会だから、神保長職殿に会見を申し込んでみよう。だれかある!」

「お呼びでございましょうか。」



私の小姓が部屋に入ってきた。



「神保長職殿へ会見を申し込みたい。確かそれ程遠くないところに逗留されているはずだから先触れを出してもらえないか。」

「承知致しました。」



一礼して小姓が出て行った。

要請を出した結果、神保長職との会見は翌日に設定されることになった。




◇ ◇ ◇




翌日、私は神保長職の到着を心待ちにしていた。

会見場所は長尾家が逗留している寺院だ。

こちらから向かおうかとも思っていたのだが、わざわざこちらへ向かってくれるとの返答だった。

半刻の後、神保長職が僅かな供と共に到着した。



「長職殿、わざわざご足労いただきありがとうございました。」



私は扉の前まで出て出迎えた。

今回ここへ訪れたのは神保長職の他に以前氷見で会った狩野屋と、能登畠山家から神保家へ移った遊佐総光、そして十名程の兵であった。



「いやいや、私の方も道一丸殿とお話したいと思っていたので、つい急いで来てしまいましたよ。」



神保長職は明るい笑顔で答えて来た。



「ささ、こちらへお上がりください。警護の方々は別室にて…」



私は神保長職の一行を寺の中に案内した。

さすがに警護兵は別室に行ってもらうが、狩野屋と遊佐総光は同室で良いだろう。



「さて道一丸殿。私に会見を要請されるとは、どのような用向きでござろう?」



突然呼び出した様なものだから、それは聞いて当然の質問だな。



「はい。私としては直接長職殿とお話をしてみたかった、と言うのもございますが、ここ数カ月間の長職殿が見事な手腕を見せているように感じておりましてな。それについて興味深々でして…」

「いやはや、大したことじゃございませぬよ。まあ平たく言えば、必死に物事を進めたと言いますかな。」



そこまで言って、神保長職は一瞬、私の近くにいる中条藤資へ視線を向けた気がした。

少なくとも、私はそう感じ取った。



「…藤資殿よ。少し席を外してくれないか。」

「し、しかし…」



まあ躊躇するのは当然だな。



「ご心配であれば、我が供の二人も外させましょう。えーっと中条藤資殿と言われたかな。道一丸殿は年の近い私と一対一で話をされたいようでござる。何卒ご理解の程を。」

「はっ…」



神保長職に言われ、中条藤資は渋々とこの部屋を出て行った。

神保長職の供も、何も言わず席を外した。

その姿を見送った後、私は口を開いた。



「長職殿、かたじけのうござる。」

「ふむ、道一丸殿は何を不安に思われてるのかな?」



…やはり見透かされているようだった。







長尾家は強大ではありますが、この時代の越後国内は形式上の主筋である越後守護上杉家の下に、色々な思惑の国人領主が入り乱れておりました。

特に越後北部の揚北衆(あがきたしゅう)は元々独立色が強く、越後国内が安定するのはかの有名な上杉謙信の登場を待つことになります。一五二一年ではまだ上杉謙信は誕生しておりません。


この物語では長尾道一丸(のちの晴景)が健康を取り戻しつつあり本来は長尾家にとって良い事の筈なのですが、周囲に敵の多い長尾為景は疑心暗鬼になっているという設定にしております。

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