第十六話
一五二〇年 十二月 越中守山城
季節が進み日に日に寒さが増していく十二月が訪れた。
城の木戸を開けて外を見ると、僅かに積雪が見られるようになった来た。
まあここは北陸だからな。これから雪深くなっていくのだろう。
一五二〇年の十二月と言う事は、史実であれば僕の父・慶宗が討ち死にした月だ。
もっとも<この歴史>では一周忌となるわけだが。
トントントン…。
部屋の中から足で畳を叩く音が聞こえていた。
その音を発しているのは史実で父・慶宗と討ち死にするはずの椎名慶胤だ。
会うのは、まあ久しぶりだな。
「宗右衛門尉殿よ、何故儂を呼んだのか?」
椎名慶胤は機嫌が悪そうだ。
「いえ、そろそろ我が父慶宗の一周忌ですからな。是非新七郎慶胤殿にも共に父を偲んでいただければと思いましてな。」
「仇敵と結んでおいて、何を言うか。」
「そうですな…」
僕は椎名慶胤に近付き、目の前に腰かけた。
ここは腹を割って話す必要がある。
「慶胤殿。昨年の戦…、いえ、一向一揆との戦いに端を発したこの戦は混迷を深めておりました。あのまま和睦を結ばなければ、我が神保家、そして椎名家は衰退しておったでしょう。」
「何だと? やってみなければ分からんが!」
「分かりまする。東の長尾は強大だ。南の坊主共も信用ならぬ。なれば、我が神保家が生き残るにはどうすれば良いか。私はそれを考えました。」
結果的に氷見で長尾道一丸と縁が出来たとはいえ、当初僕と長尾家との繋がりは何も無かった。情勢としては何とか最前の手段を取れたと言えよう。
「結果として、神保家は能登畠山家と縁戚を結ぶ事が出来ました。義総は我が神保家を独立領主と認めてくださいました。椎名家には触れられませんでしたが、義総からは説得を一任されております。…慶胤殿、我が方と結ばれよ。」
僕は頭を下げた。
椎名慶胤にとってもこれはメリットがあるはずだ。
少なくとも能登畠山家から越中新川郡の守護代として認められる事だろう。
越後からそのように認められている椎名長常の勢力圏はそれ程大きく無い様だから、椎名慶胤能登畠山家と結べば打ち滅ぼすことが出来るかもしれない。
「断ればどうなる?」
「義総からは、<諦めよ>と言われておりまする。」
つまり、いずれ討伐対象となると言う事だ。
「それは選択肢がないと言う事では無いか。」
「はい。それが我等越中守護代の置かれている現実でございます。」
「…そうか。」
椎名慶胤が天を仰いだ。
「やむを得ぬ…。我が椎名の為にも、悔しいが能登畠山家と和睦致そう。」
「かたじけのうございます。では後程義総への文を認めると言う事で。」
「…承知した。」
「失礼致します。」
会談の最中、小姓の弥五郎が部屋に入ってきた。
「どうした?」
「畠山様から遣わされました方がお見えです。」
「どなただ?」
「それがその…」
弥五郎が少し困惑気味に言った。
「遊佐総光様です。」
◇ ◇ ◇
部屋に入ってきた男、そう、前述の通り遊佐総光である。
若干ムスッとした表情のまま、上座に座る僕の対面に座った。
椎名慶胤はそのまま会談の部屋に残ってもらうことにした。
不機嫌おじさん、二人がこの部屋にいるのである。
「これはこれは美作守総光殿、よう参られました。…しかしどのような用向きでござろう? 義総からは特に先触れは無かったと思いますが…」
僕はストレートに来訪目的を質問した。
まったくもって理由が分からない。
「…長職殿、急な来訪申し訳ござらん。某は御屋形様の命にてここにまかり越しました。」
「義総の…? それはどのような…」
ますます分からん。早く理由を教えてくれ。
「御屋形様からは、長職殿が侍大将になれる様な人材を探している、と伺いました。某はその命を帯びてここに参ったのでございます。是非着任をお認め下さいます様…」
ナンデスト!?
いや、確かにそう言ったけどさ。
何でこの人なの???
「そ、それは確かにそのように義総へ申し上げましたが、まさか美作守殿程の方が来られるとは…」
そりゃ確かに遊佐総光なら実力的に申し分ないけどさ、ちょっと大物過ぎない?
「…最早能登に未練はござらん。残念ながら御屋形様とは反りが合わず、遊佐の惣領は某には来ぬでしょう。此度の事は某にとっても渡りに船でございます。」
「ふむ、召し抱える事には問題は無いが、直には今まで程の禄は出せませぬぞ。」
「…それは我が働きを持って報いた先で構いませぬ。」
ふうむ。
まあこの前の七尾城の評定時の様な感じは見られなさそうだ。
そこそこ本心なのかな。
「美作守殿は一族郎党はお連れになられたので?」
遊佐総光と言えば、あの有名な遊佐続光の父親であったはずだ。
まあ遊佐総光はまだ誕生していないと思うのだが。
「はっ、我が室と数名の郎党を連れてきておりまする。」
「承知致した。では美作守殿。」
「はっ…!」
「貴殿をここ、守山城の城代を命ずる。一族・郎党の方々もここに住まわれるがよろしかろう。」
「は、…はっ!?」
遊佐総光が口をあんぐりとさせた。
「できぬ、と申されるのかな?」
「い、いえ。そのようなご命令であれば、命に代えても全う致しまするが、某は新参者ですぞ!?」
「私にとって新参とか古参とか正直どうでも良いのですよ。我が神保家は人手不足でしてな。貴殿ほどの方であれば一城をお任せできる言うものだ。郎党も働きが良ければ取立ても考えますぞ。」
「何と…。」
「私は事業の関係上、氷見の方を根拠地にしたいのでしてな。…頼めまするか?」
「はっ。過分のご沙汰、謹んでお受けいたしまする。」
「美作守殿には、存分に働いてもらうからな。」
「はっ。かしこまりましてございます。」
遊佐総光が平伏した。
信用できるかどうかは別として、有能な家臣を手に入れた。
<信>についてはこれから見ていけば良いだろう。
前の話で登場した遊佐総光が、何と神保家にやって参りました。
能登畠山家・義総の政権下では父・慶致方であったのもあり、残念ながら冷遇されていました。
両者にとって渡りに船であったことでしょう。




