第十四話
一五二〇年十一月 能登七尾 永生弐の乱
夕刻、薄暗い山道を俺・畠山義総が率いる手勢三百が七尾へ向かっていた。
その日守護代遊佐家他、主だった武将は七尾の南西・鹿島郡での軍事演習と言う名目で、七尾から遠ざけてあった。七尾にいる兵は、親父殿である畠山慶致の御所を守る僅かな数のみであろう。
俺が義父・先代義元の跡目を継いだ後、残念な事ではあるが実父慶致や弟達とは反りが合わない状態になってしまっていた。親父殿は城を出て別宅にて俺とは別の命令を出すようになってしまったほどだ。
俺の作戦は、恐らく成功するだろう。
弟達は頼れる義弟・神保長職が確保してくれる筈だ。
「御屋形様、あと一刻程で慶致様の御所へ辿りつけましょうな。」
俺の傍で共に進むは、隠岐統朝だ。
隠岐統朝は義父・義元の代から能登畠山家に仕える忠臣だ。
「うむ、そうであるな。七尾は今寡兵であるから、この速度を持って御所を制圧するぞ。」
「先の内乱で慶致様に与した遊佐殿は対応して来ぬでしょうか。」
先の内乱と言うのは義父義元と実父慶致による跡目争い、永正の内乱の事だ。
詳細は省くがその内乱では能登守護代遊佐家嫡流の遊佐統忠が慶致に与したのだった。
守護代の遊佐家は能登国内において大きな力を持っている。
「まあ遊佐の軍が即座に七尾に入られると困るがな。俺の義弟の手勢が七尾に繋がる主要な道を塞いでおる。簡単は到達できまい。」
「神保長職殿、でございますか。」
義弟・神保長職。
祝言はまだ、であるが、先月俺の義妹の芳と婚姻関係を結んだばかりだ。
「隣国、神保家の小倅が重きをなすのは面白くないか? 統朝よ。」
「いえ、某は御屋形様に、畠山家に忠節を尽くすのみでありますからな。」
「(ふ、まことつまらぬ答えよ。)」
いや、統朝の忠義を疑うわけではない。
義父・義元が一度亡命した時に共に付き従った程の臣である。
だがつまらぬ、と言うのは本心よ。
それ程我が義弟の言う事が面白いのだ。忠臣の言葉より断然、な。
義弟は目先の事では無く、どこか遠くを見ている。遠くが視えている。
まるで未来が分かるかのようだ。
何故義弟は我が能登の内情を知っているのだろう。
義弟が見据えていたように、俺は越中の内情を分かっていない。
義弟の父親が昨年の戦で死んだことは知っているが、家中の詳しい間柄まで見えていたか?
俺は到底見通せていない。
それに義弟は俺の所に来る前に、越中砺波郡の一向一揆の一派を取り込んでいたようだ。後顧の憂いを無くしたうえで、俺に交渉を挑んできたのだ。
義弟は産業を興したいと言った。
<置き薬>と言ったな。
仕組みは単純だが、俺にはそんな事考える事すら出来ぬ。
他にも何かやろうとしているのかもしれない。
それに何故、発展した高岡では無く氷見なのであろう?
御用商人の狩野屋が氷見を拠点にしていると言うのもあるようだが、それだけか?
味方であるはずの越中守護代椎名家から離れたいか、の様だった。
椎名は義弟を裏切るのか?
分からぬ。
ふ、義弟の事を考えていると退屈せんわ!
「御屋形様、どうされましたか? まもなく御所へ着きまする。」
「いや、何でも無い。ふむ、どうやら父上の兵は最低限の警護兵五十程度の様だな。…蹴散らせ。」
「…承知、某が一番槍を頂きますぞ。それ!」
統朝が兵を率いて、親父殿がおられる御所へと駆けていった。
その戦は、その後半刻程で終結した。
◇ ◇ ◇
「ぐぬぬ、義総、貴様…儂に謀叛するか!」
俺の目の前には後手に縛られた父・慶致が座らされていた。
俺はドカっと父・慶致の前に腰かけた。
「これは異な事を申されるな、父上。能登守護・畠山家当主は俺でございまするぞ。」
「子の分際で父を貶める不義理者がっ!」
「義父義元公と争った父上に言われとうありませぬな。俺とて父上が大人しくしていればこのような手段に出なかったが、当主と異なる治世を行おうとしたからそれを正したまで。」
俺に対し罵詈雑言をまくし立てる父を見て、俺は既に特別な感情を覚えなくなっていた。
目の前にいるのは、当主に逆らう庶流の頭目だ。
斬るか?
「父上、もう隠居なされませ。出家し政治に口を出さぬと言うのであれば、命までは取りませぬ。」
「何だと、貴様…!」
親子にて言い合いをなっていた時、伝令が白洲へ入ってきた。
「御注進!」
「何だ?」
「神保長職様、畠山九郎様方の身柄を確保したとの由、報告でござりまする。」
「そうか、報告ご苦労だった。下がって休むが良い。」
伝令は一礼すると、その場を離れていった。
「父上、聞いての通りでござる。九郎等も捕らえました故、父上方の命運は尽きましてございます。遊佐等もここへは辿り着き申さぬ。命までは奪いたくない。聞き入れてくださりませ。」
俺は父の顔を見て諭した。
父・慶致はガックリと肩を落とした。その顔は生気を失っていた。
これより数年後、父・慶致は失意のうちに病に斃れるのであった。
九郎達へは後程沙汰を下すとしよう。
父に近い家臣共は恭順するように下知し、様子を見るか。
<この歴史>において後世に永生弐の乱を呼ばれた内乱は、僅かな時と犠牲を持って一旦の終結を見たのであった。
永生弐の乱と文中の通り、この作中における架空の内乱となります。
義総と慶致の戦力差は六対一であり、とても慶致が敵うものではありませんでした。
遊佐が気付いた頃には既に義総は七尾に到達しており、仮にすぐ動いたとしても長職の軍勢が街道を閉鎖していたために間に合うものではありませんでした。