第百三十八話
一五三二年十一月 加賀某寺
夕刻、加賀守護であった富樫稙泰の長男である富樫泰俊が到着した。
僕は捕虜収容施設から寺に戻り富樫泰俊との会見に臨んだ。
「神保右衛門佐様、お初にお目にかかります。拙者、富樫泰俊にございます。」
この富樫泰俊、まだ若侍と言う感じだ。
年は二十歳を超えた頃のようだな。
「これは富樫殿、よくぞいらっしゃいましたな。某、越中守護・神保長職と申す。」
僕はとびっきりの営業スマイルで応じた。
「神保様ら北山協定の皆様には加賀から一向一揆衆軍の駆逐にご協力いただき、ありがとうございました。」
「いや、まずは良かった。未だ小規模な小競り合いは起こってはいるが、間もなく完全制圧ができるものと考えております。」
「は。我が父も報せを受け、神保様には厚く御礼申し上げたいと言っておりました。特に野々市周辺を解放頂いた事を特に喜んでおりました。」
「それは上上にございますな。…それで此度富樫殿に来ていただいたのは今後この加賀をどのように統治していくか協議を行いたく。」
そう、これは本題だ。
加賀は今まで四十年余りの間その領域のほとんどが一向一揆に支配されてきた。
(もっとも史実では更に長い期間そうだったわけだが。)
この間守護である富樫氏は野々市周辺の僅かな地域を治めて来たに過ぎない。
その野々市も一向一揆に奪われていたが、此度そこは復帰できたわけだ。
「それは私も協議させていただきたく思います。守護職である我が父の意見もあるにはあるのですが、私としては現実的な方向に持っていきたいと…」
「ほう、それはどういう事でございますかな?」
「はい。我が父は守護職として加賀に復帰したいようですが、現実を見ても我が富樫家は加賀の安定には貢献できていないと私は考えております。」
ほう、富樫泰俊は少なくとも現実を見る目は備わっているようだな。
此度の戦に関して、富樫家は兵を起こすことも出来なかったからな。
「では貴殿はこの加賀をどのようにされたいのですか?」
「はい。まずは我が父上には隠居していただきます。公方様…いえ、今回の場合は管領様に裁可を頂くようになりましょうがもし富樫家が守護を続けるように命ぜられれば拝命は致しますが、私としては何卒神保家の末席に加えていただきたく考えております。」
ほう、まさかそこまで考えているとは。
「しかしそうなれば我等北山協定としてはある程度加賀を切り取り、手柄のある諸将へ恩賞として分け与える事になりますぞ。それでもよろしいと言われるか?」
「は…。現状我が富樫家には加賀一国を治める力がありませぬ。だからこそ、それが出来る御家に縋るしか無いかと。」
「成程な。宗滴殿、加賀守護の富樫稙泰は朝倉にて保護していただいておりますが、本件どう思われますか?」
僕はここまで話を黙して聞いていた朝倉宗滴に意見を求めた。
「フム…。儂は富樫稙泰殿を以前より良く知っており嘗ては血気盛んな御仁であったのだが、近年は息子殿の前で言うのもナンだが、だいぶ衰えてしまったようだの。」
「では此度の隠居頂くのも…?」
「致し方なかろうよ。戦場に出られなくなっては武門の名折れよ。まぁ、当家にて面倒を見るのは問題無い。」
「承知いたしました。」
僕は富樫泰俊の方を向き直った。
「委細は後程書状に認めますが、富樫泰俊殿が言われた方向で話を進めよう。富樫殿には野々市周辺の所領を安堵致す。加賀の統治については準備が整い次第に北山協定の代官を派遣いたします故、改めて連絡を取らせていただきましょう。」
「は、承知いたしました。」
「また富樫泰俊殿を我が神保家に召し抱える事を許可する。」
「ありがたき幸せにございます。」
富樫泰俊が平伏した。
この後僕達は此度の戦における同盟国・家臣への恩賞をどうするか話し合った。
・加賀において能登に接する辺りは畠山へ
・野々市を中心としたあたりは上記の通り富樫へ
・越前から現代における小松空港の辺りまで敦賀朝倉へ
・その他の地域を我が神保へ
それぞれ割譲することとした。
また上杉は飛び地を治めるのは現実的ではない事から金子にて御礼をすることになった。
後詰であった浅井も同様だ。
なお加賀の守護職については当面勝手に何かすることは避けることにした。
まだ形式上の現守護が存命なわけだし…。
ただそれでもこの地にはどのように門徒を抑えていくかの問題もあるし、それは大谷兼了に相談する事にしよう。
いずれにせよ、公方へ反抗して行った行動だ。
公方(+本願寺教団)からかなりの怒りを買う事になるだろうな。
北山協定による加賀侵攻(一向一揆討伐)が終わりました!




