第百三十七話
一五三二年十一月 加賀某所
松波長利に連れられ、僕は少し離れた場所にある捕虜収容施設を訪れた。
ここはこのあたりの地侍(この人物は既に一向一揆衆に滅ぼされているのだが)の屋敷を流用して簡易的な収容施設としており、ここには指揮官クラスを収容していた。
「御屋形様、その部屋に収容している者がこの一揆衆の指導層と思われるものです。」
「ふむ…」
僕は厳重に警備された一室に通された。
そこには後手に縛られた若い僧が座っていた。
おそらくはまだ二十歳にも満たない若者であろう…。
「御坊よ、名を何と申す?」
僕はこの僧の前で屈んで問いかけた。
「はん、名を訪ねるほうから名乗るもんじゃないのかい?」
「何だと貴様!」
傍らの警備兵が僧の胸倉を掴もうとした。
「良い。…俺は神保家当主、神保長職と言う。」
「はっ。これはこれは神保様であられましたか!これは失礼をした!」
僧がサッと姿勢を正した。
「拙僧は七里頼周と申しまする。かの有名な神保様とお会いできるとは光栄だ!」
七里頼周と名乗った僧がニヤっと笑いながら言った。
なるほどこの人物が…。
捕虜だと言うのにまるで物怖じする様子は無かった。
「貴殿が加賀一向一揆衆の指導層であったようだな。」
「左様!拙僧が出来得る限りの知恵を絞って攻めかけたと言うのに、まるで歯が立ちませんでしたな!」
「畠山軍への夜襲は貴殿の発案か?」
「ああ。だが成功したのはあれくらいであったな!」
七里頼周がグイっと顔を近づけて来た。
「…神保様、貴殿は何者か? 拙僧が知っている神保長職はこんな強い人物では無かったはすだ。」
「何…?」
僕は息を呑んだ。
この男はまさか…?
「長利よ、少しこの男を二人で話したい。」
「しかし…、いえ、分かりました。外に居ります故、何かあればお呼びください。」
松波長利は見張りの兵を連れて部屋を出て行った。
「お前は未来から来たのか?」
僕は七里頼周の前にドカッと座り込んだ。
「ははは、神保様もそうでしたか。拙僧は突然それに気づきましてな。…しかしまぁ、それ故に神保家は歴史と違う動きをされたのですな。」
七里頼周の笑ってはいるが、その目の奥には何か嫌な印象を覚えた。
「…畠山軍へのあの夜襲はだいぶ肝を冷やされた。」
「くくく。門徒共をけしかけてやってみたはいいものの、中々上手くいきませんでしたな。まぁそれまでは…」
七里頼周は得意げに自分語りを始めた。
七里頼周は本願寺教団の上層部に気に入られ、二年ほど前から坊官として加賀に派遣されてきたようだ。
おそらくそれは史実よりだいぶ早いと思われる。
それよりも気になったのはその語り口だ。
この人物にとって、手足をなって働く門徒達をどうもコマとしか見ていないように思えた。
史実では粗暴な人物であると言われていたようだがこれは…
「それで神保様。」
「…何だ?」
実に長い自分語りに嫌気が差したが、表情を変えずに応じた。
「神保家として拙僧を召し抱えるつもりはありませぬか?」
「ほう…、それは?」
うーむ、自分を売り込みに来たか。
先程の自分語りはその宣伝であったか。
まぁ優秀な人物ではあるようだが…。
「拙僧は必ず神保様のお役に立ちまする。死をも恐れぬ門徒共を使うのはそれなりに楽ではあったのだが、質で敵わなかった。神保様の精兵なら我が軍略にも磨きを掛けられると言うもの! それに同じ未来人同士で組めば天下も取れるかもしれませぬぞ!!!」
七里頼周がニヤリと笑った。
「天下か…。ならば1つ問いたい。」
「何でございましょう?」
「貴殿にとって兵や領民は何かね?」
「…その問いには何の意味がありましょうや?」
どうしてもこの戦国においては現代と違って命のやり取りが起こってしまうものだ。
僕は自分自身が長生きをしたくてここまで色々と行動して来た。
だがそれは自分よがりになってはいけない。
少なくとも自分に関わる人達だけは少しでも目を向けていきたい。
「…お前は俺とは違う価値観のようだ。」
「恐れながら質問の意図が分かりませぬ。」
「俺はお前と違って兵や民をコマとは思っておらぬ。」
「ですが戦をすれば兵は命を落としまするぞ。時に指導層はそのような命令を出す必要があるはずだ。」
それはそうだ。此度の戦は僕が出した命令で、敵味方問わすたくさんの命が散っていったのは確かだ。
「…だが偽善と言われようと、俺には曲げられぬものがあるのだ。長利!」
僕は大きな声で松波長利を呼んだ。
「は、ここに!」
松波長利が部屋の中に入ってきた。
僕は振り返り松波長利の方を向いた。
「沙汰を伝える。この者を斬れ」
「な、馬鹿な!?」
ここにきて七里頼周が初めて表情を変えた。
「せ、拙僧は神保様のお役に立ちまするぞ!」
七里頼周が顔を紅潮させながら叫んだ。
「この者は危険だ。生かしておけば必ず我が神保家にとって良くない事になる。」
「…承知致しました。」
僕は七里頼周の言葉には耳を貸すことなく、松波長利の肩を叩いた。
松波長利は僕の意図をくれたようだ。
七里頼周は僕と同じ未来人の様であり、家臣として召し抱えれば確かに役に立つかもしれない。
だが彼の考えは僕とは相容れないもの、そう考えた。
数日後、七里頼周の刑が執行された。
僕は初めて自分の意思で敵将の死罪に処したのであった。
この歴史での七里頼周は同じ境遇でしたが、ゲーム感覚でここにいたようでした。彼にとって兵や領民はゲームでの数字と同じでしかありませんでした。




