第百三十五話
一五三二年九月 加賀東部
一向一揆軍による畠山軍への大規模な夜襲から十日余りが経過した。
その間に我が北山協定(神保)軍としては情報収集、そして戦線の安定に努めた。
戦線については我が軍の侍大将である遊佐総光が機転を利かせてくれ部隊から二千の兵を移動させたことで、玉突きで神保軍右翼に配置していた安養寺衆をこちらに回すことが出来た。
「御屋形様、大谷兼了が安養寺衆、参陣致しました。」
「うむ、助かる。」
安養寺衆を率いる大谷兼了が僕に対して一礼した。
「しかし敵方がこのような大規模な夜襲に打って出てくるとは思いませんでしたな。」
「うむ、今回の夜襲は周到に準備されたもののように思える。各地の戦線を膠着させた上で最も隙があるところへ夜襲を掛けて来たのだ。その準備として各地に散発的な夜襲を行う事で油断を誘ったのと、それの隙を探っていたようだな。」
「なるほど…」
残念ながらその隙を見せてしまったのが畠山軍の温井総貞の部隊だったという訳だ。
「しかし敵軍には誰ぞ頭の切れる指揮官でもいるのだろうか? 兼了、心当たりは無いかな?」
「頭の切れる者ですか…。拙僧が加賀にいたのはもう十一年も前になりますからな。…そういえば噂程度の話ですが、七里某なる若い僧が台頭してきているとは聞いたことがございます。」
七里ね…。
そう言えば某歴史ゲームをやっていた頃、本願寺家の家臣に七里頼周なる武将がいたような気がする。
この人物は何でも非道で粗暴な人格であったとか。
「なるほどな。いずれにせよ、敵にここまで善戦されてしまっている以上我が軍も慎重に事を進めねばなるまいよ。」
「ところで御屋形様。畠山様は御無事と伺いましたが、畠山軍の現状はどのような状況でございますか?」
「…藤丸!」
僕は薬売りの藤丸に視線を向けた。
藤丸は周辺の地図を広げ状況の説明を開始した。
畠山軍は総兵力一万の内、今回の大規模な夜襲にて約四千の兵を失った状況だ。
主だった指揮官の中では敵との前線にいた温井総貞とその嫡男が討ち死に。
この温井総貞は史実では畠山七人衆の筆頭にいた程の人物であったはずだが、かなり早く死去してしまったことになる。
また畠山義総の離脱を助けるために殿軍を務めた畠山常陸義遠も討ち死してしまった様だ。
これは畠山家にとってはかなり大きな打撃だ。
「…それ故畠山軍については残りの軍を再編するために、暫定的に我が軍の指揮下に置いている。」
北山協定を結成する際に同盟各国で定めた取り決めによるものだ。
取り決めでは有事に指揮官が指揮統制を出来なくなった時に他家の指揮下に置くことになっていた。
残りの六千の兵について畠山義総の指揮下のままでも良かったのだが、軍再編にあたりこの取り決めを使う事にした。
結果としてこの方面の軍編成は以下の通りとなった。
・神保軍 神保長職 二千
・神保軍 安養寺衆 二千
・(同盟軍)神保軍指揮下畠山軍 六千
・(同盟軍)上杉軍 三千
総兵力 一万三千
「敵軍の数は此度の夜襲にはおそらく五千~六千程の兵だったと思われます。」
「こちらは敵の倍の兵を準備出来た状況だ。まずはこの突出している敵を排除する作戦を行う。各隊の準備が攻勢を開始したい。」
「…それに合わせて他方面軍の前に圧力を掛けることが肝要にございますな?」
「その通りだ。」
薬売りの藤丸は優秀な男だ。
こちらの考えを汲み取った行動が出来る。
夜襲を掛けて来た敵部隊は他の戦線よりこちら側に突出している状態だ。
まずはこれを片付けなければならない。
この方面の攻撃作戦を開始するには他方面と協同することで、作戦がやりやすくなるというものだ。
「御屋形様、某の意見では特に重要になるのは遊佐様の主力と、もう一つ、西方戦線の朝倉様の軍であると存じます。」
もちろん主力が圧力を掛けるのが重要なのは当然だが、敵からしたら背後にいる朝倉軍が好く動いてくれるとありがたい。
この考えが出てくる藤丸は本当に優秀だ。
戦後は厚く報奨を与えなければならないな。
「うむ、その様に手配りを頼む。宗滴殿や六郎への繋ぎも含め、十日で出来るか?」
「承知致しまして御座います。」
「よし、その通り頼む。」
僕がそのように答えると、藤丸は音も無く場を辞していった。
さて準備開始だな。
軍の再編から攻撃に移る予定です!




