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第百三十三話


一五三二年八月 加賀東部



「む、どうした?」

「あれは一向一揆衆(ぼうずども)の夜襲のようだな。」

「全軍に伝えるか?」

「ふん、どうせいつものやつだろう。近場の隊に伝えれば良いさ。」



その夜、北山協定・畠山軍の哨戒部隊が闇夜を進む人影を発見した。

一向一揆衆はこれまでも小規模な夜襲を散発的に繰返してきた。

この哨戒部隊の人員も、決して手を抜いているつもりでは無かった。

しかし、どうせいつものやつだろう。

そう言った慣れ・慢心があったのは事実であった。


気付いた時には遅かったのだ。



「て、敵襲だ!!!!」

「ば、馬鹿な!ぐふっ!!!」



カン!!ギィン!!!

ザシュッ!!!!!!



畠山軍の端の方から剣戟や人が斬られる音がこだました。

さらに矢が雨の様に降り注いだ。

一向一揆衆は散発的に目くらましの襲撃を複数個所で行った後、歩兵を中心とした大部隊が急襲してきたのだった。



「御屋形様!一大事に御座います!!」



畠山義総が居る陣幕に伝令が駆け込んで来た。

畠山軍の本陣は一向一揆衆との前線からそれほど遠くない場所へ着陣していた。



「何事か!?」



畠山義総が飛び起きて伝令に応じた。



「はっ。一向一揆衆(ぼうずども)が大規模な夜襲を仕掛けてきております。」

「何だと!? 状況は?」



前線には畠山家の重臣である温井総貞の部隊が居た筈だ。

彼は譜代の重臣であり、畠山軍の先鋒を担っていたのだ。



「急襲を受けた温井様の部隊は…かなりの打撃を受け…」

「何だと!?」

「御屋形様!!!」



その時従軍していた松波家の畠山義遠が陣幕に入ってきた。



「本陣から遠くない場所まで敵軍が迫ってきている事を確認し申した。」

「温井の部隊が抜かれたのか…」



一向一揆衆との合戦の中で敵の前線に広く対応するために、軍をそれなりの小・中規模の部隊に分け分散させていた。

この本陣と前線の間を守備していたのが温井総貞の部隊だったわけだ。

その舞台はそれなりの兵力を抱えていた筈だが…。



「御屋形様、すぐに本陣を引き払い後方へ逃れなさいませ。殿(しんがり)はこの常陸が勤め申す!」

「しかし…」

「御屋形様が逃れられれば態勢を立て直せまする。ささ、お早く!」

「く…」



畠山義総は手早く武具の支度を整え、陣幕から外に出た。

少し離れたほうから怒号と戦闘の音が聞こえて来た。



「常陸、すまぬ。」



騎乗した畠山義総が同じく馬上にあった畠山義遠に小さく声を掛けた。



「…それ以上は生き延びてからお聞きいたしましょう。それ!!」



畠山義遠は配下の兵と共に前線へ向かっていった。

そして畠山義総はそれを逆の方向へ手勢と共に出発した。

まさかこんなことになろうとは…。

部隊の配置が間違いだったのだろうか。



「油断、慢心だな…」



同盟軍たる神保長職(おとうと)の軍勢と協同することで負ける筈はない戦だと思っていたのは確かだ。

進軍速度が遅くなった段階で細かく敵の動きを分散させるために部隊を分けたのは間違いでは無かった筈だ。

しかし温井総貞らの生死は不明であり、殿軍の畠山義遠らは生き残れないかもしれない。

まずは自らの軍を再編しなければならない。

そうでなければ自軍の将兵の死は報われないものになってしまう。

闇夜に紛れ、畠山義総は本陣のあった場所から北東に逃れて行ったのだった。













夜襲の状況でした。

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