第百三十二話
一五三二年八月 加賀東部
ひと月前、越中・能登・越前の連合軍が一向一揆衆が治める加賀に侵攻を開始した。
そうそう、我々の陣営だが『北山協定』と命名した。
意味は五畿七道で越中・能登・越前・越後が属する北陸道と、浅井氏が居る近江が属する東山道を合わせたものだ。
命名したの今更?と言うのは言いっこなしというものだ。
さて『北山協定』軍の陣容であるがであるが以下の通りだ。
(各軍の副指揮官等は省くものとする)
【神保軍】総兵力二万五千
・本陣 神保長職 二千
・主力(中央) 遊佐総光 八千
・左翼 松波長利 五千
・右翼 椎名康胤 二千
・右翼(安養寺衆) 大谷兼了 二千
・越前方面軍 長岡六郎 千
【同盟軍 畠山軍】一万
【同盟軍 敦賀朝倉軍】五千
【同盟軍 上杉軍】三千
【同盟軍 (近江方面後詰)】三千
上杉定長には派兵の必要は無しと言っていたのだが色々とやりくりをしたのだろう、三千の兵を派遣してくれた。
指揮官は黒川清実と言った。この人物は揚北衆三浦党の一人であり、上杉定長の守護上杉家を継いだ後に定長の説得に応じて配下に加わったそうだ。
対して一向一揆軍の兵力であるが、情報によれば二万~二万五千程であると言う事だった。
我が軍四万五千の半分以下であるが、この戦で宗教に裏打ちされた軍の恐ろしさを実感することになる。
緒戦で北山協定軍は加賀東部において兵力差にモノを言わせて優勢に戦いを進めていた。
加賀北部の海岸線近くは畠山軍に、山間部の国境は我が神保軍が突破し、一向一揆軍を金沢平野まで後退させた。一向一揆軍はこちらの方面に一万六千あまりを振り分けていたようだ。
「ううむ、戦線が膠着しているようだな。」
僕は本陣にて薬売りの報告を受けながら唸り声を上げた。
「特に畠山様の戦線の動きが悪いようです。」
畠山義総の軍はもちろん能登から出兵してきたわけだが開戦前から加賀北部の幾つかの地域を掌握していたのもあり、予想では進軍しやすいものと思われていた。
しかし実際は簡単にはいかなかった。
一向一揆軍まさに死兵となって抵抗をしてきたのだ。
我が神保軍も山間部の国境線を破り勢いそのままに進んできたわけだが、山間部より進軍しやすい筈の平野部に出て躓いてしまったのである。
「奴らめ、わざと平野部に我等を誘引したのか?」
かつて越中が一向一揆に侵攻された際に、我々も塹壕戦を行うために一向一揆軍を平野部までおびき寄せた。
一向一揆軍もその作戦を採用したのだろうか?
「しかし我等薬売りの偵察ではかつての神保軍が作ったような塹壕などありませんでした。」
口を挟んで来たのは薬売りの藤丸だ。
「分かっている。奴らの恐ろしさは死をも恐れぬ姿勢よ。奴等は死は殉教であり、極楽浄土に行けると信じているからな。」
それ故に彼等は多くの兵を動員できたわけだ。
もしかしたら門徒である現地住民が更に動員されれば、もしかしたら把握外の死兵が誕生してしまうかもしれない。
◇ ◇ ◇
戦線が膠着してから二ヶ月ほど経過した。
まだ焦る時期ではない、と自分には言い聞かせてはいるのだが、兵力で勝るはずの戦で上手くいかないのだから落ち着かないものだ。
そしてその時は急に訪れた。
僕は陣幕の中で休息を取っていたのだが…
「御注進!一大事に御座る!」
薬売りの藤丸が合わせた様子で陣幕に入ってきた。
僕はその声で飛び起き、藤丸の方を向いた。
「藤丸、いかがしたか?!」
「夜半に畠山様の軍に対して敵方の夜襲があったようにございまする!!」
「何だと!?」
これまでにも昼間の戦闘以外に小規模な夜襲が各戦線へ行われてきた。
だが今回は大規模な夜襲があったようなのだ。
「それで状況は!?」
「詳しい事はまだ調査中にございますが、前線の兵を鼓舞するために敵に近い場所に本陣を構えていた畠山様の本隊も急襲され大混乱に陥っている模様!」
「馬鹿な!!!!」
畠山義総の軍は一万の兵を擁していた。
普通に考えれば易々と負ける筈は無いのだが、夜半であり緊張感が切れていたのだろうか?
あるいは想定以外の兵数での夜襲だったのだろうか?
「義兄上は御無事か?」
「現場はまだ混乱している様でまだ判明しておりませぬ。」
「ぬ…。右翼の椎名の部隊は救援に動かせぬか?」
「椎名様ら我が軍の右翼部隊にも夜襲があったようにございます。右翼の隊は良く応戦しておりますが、まだ戦闘中にて。」
なるほど、これは周到に準備された作戦だ。
敵は昼間は根気良く我が軍の攻撃に耐え夜は小規模な夜襲を繰り返す。
畠山義総の軍はその状況に慣れてしまったのだ。
どうせ夜襲が来ても小規模なものしか来ないのだろう。
その油断が起こってしまったのだ。
「藤丸、引き続き情報収集を進めると共に、(遊佐)総光や(松波)長利に伝令を出せ。…職信!兵達を叩き起せ!出立の準備をする!」
中央と左翼の部隊の転進は直には難しい。
動けるとしたら本陣の僕の部隊だけなのだ。
僕は顔を強張らせながら甲冑に身を包んでいった。
加賀侵攻は簡単にはいかないものなのでした。




