第百三十話
一五三二年四月 能登七尾城
公方・足利義晴からの使者(大館某)を追い返した翌日、僕は義兄・畠山義総の居城である能登七尾城を訪れた。
急な訪問であったわけだが(もちろん先触れは出してあるが)、畠山義総は快く会談に応じてくれた。
「義兄上、急な会談に応じていただきありがとうございました。」
「うむ、先触れの使者からあらましは聞いたが、改めて詳しく説明してくれるか?」
「はっ、実は…」
僕は昨日行われた公方の使者との会談で起こったことを説明した。
「ふむ。まず最初の話だが、公方様は本格的に管領様を廃される決断をされたか。」
「はい。公方様には畿内の坊主共が取り入っておりますれば。」
「幕政には坊主共の意向がかなり入っているのだな。」
「それ故に管領様が邪魔になったのでございましょう。」
前にも述べたが、管領・細川高国は反本願寺の立場だ。
「…そして公方様の要請に対して使者を追い返したわけだな。」
「それは真に申し訳なく…。我等の陣営として公方様に相対するものと認識される事でしょう。」
陣営としての回答であれば曖昧にしているのが正解だったのだろう。
だがあの時の僕は友人を馬鹿にされ冷静ではいられなかったのだ。
「何故謝るのだ、馬鹿かお前は。」
「痛っ!」
畠山義総は立ち上がって僕に近付き、僕の頭をゴチンと殴ってきた。
ううむ、殴られるのは久しぶりだな。
「俺は義兄として、義弟がやはり人間味ある奴だと知れて安心したところだ。」
「あ、義兄?」
僕は頭をさすりながら畠山義総を見た。
「俺でも大切な友を愚弄されたら冷静には居られん。残念ながら今の公方様の取り巻きはロクな者がおらぬようだな。」
畠山義総の言うように、今の幕臣に良い者がいるようには思えない。
知っている中でまともな人間は三淵尚員くらいなものだろう。
「いずれにせよ、俺達は方針を決めなければならない。もし畿内の情勢に介入するならば管領様を支持することになろう。」
本音でいれば畿内情勢に直接的な介入をすることはしたくない。
ただ薬売りからの直近の情報によれば、管領方は公方方に対して劣勢であり、丹波八上城で籠城戦の構えとの事だ。
「管領様はしばらく耐えられましょうか。」
「丹波は管領方で結束していると聞く。直ぐに落ちる事は無かろうし、今のところ管領様からは出兵の要請は来ていないだろう。」
畠山義総は腕を組んだ。
「…で、お前はどうしたい? 何も考えていないわけでは無いのだろ?」
それはそうだ。
今回の会談に備え、昨晩自分の考えを纏めていた。
だがそれは同盟国にそれなりの負担を強いるものだ。
「は。俺の考えは準備が出来次第、隣国加賀に対して軍事行動を起こしたく。」
「なるほどな。直接畿内に介入するでもなく、坊主共が治める加賀を切り取るか。しかしそれには一定の大義名分も必要だろう?」
公方方に一向一揆衆が与力しているのであれば、彼等の勢力を削るのも一つの方法だ。
「敦賀朝倉家が加賀守護であった富樫殿を保護しておりまする。」
面倒な事であるが、戦にはそれなりの大義名分が必要なのだ。
まぁ建前の話だ。
「富樫殿を旗頭にするか。戦までの準備は?」
「狩野屋の件もありますれば、三月後には。」
戦には準備が必要だ。
入念な準備、十分な情報収集がモノを言うのだ。
「神保家は如何ほどの兵を出すつもりだ?」
「既に我が家臣には文を出したところですが、我が神保家は二万五千の程の常備軍を動員します。」
我が神保家はここまで常備軍の準備を進めて来た。
その総兵力は約三万ほどまで成長した。
北陸地方においては有数の軍事大国を言えるだろう。
国内の治安維持や国境警備も含めて五千は残しておきたいところだ。
「…それ我等同盟国には如何ほどを望む?」
「能登と越前には五千を要請します。越後は揚北衆への対応をありましょうから兵糧の売却と国内の共同警備を要請し、北近江…浅井殿には堅田方面の抑えを要請します。」
「…一万だな。」
「はっ…?」
「我が畠山は一万の兵を出す。」
「しかしそれは能登の兵力のほとんどでは…?」
「我が畠山を見くびるなよ? 俺もお前の軍の育成方法に倣ってそれなりの準備を進めて来たのだ。…義弟の重大な局面に合力するのが義兄のつとめだ。」
「…義兄上!」
僕は畠山義総の手を握って礼の言葉を述べた。
ついに加賀に対して行動を起こす時が来たのだ。
加賀の一向一揆衆は強力なのでこの後どうなることやら…




