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第百二十八話


一五三二年四月 越中氷見狩野屋屋敷



時は公方方(くぼうがた)による丹波侵攻が始まったひと月ほど前に遡る。

この日僕・神保長職は越中氷見、狩野屋屋敷を訪れた。



「伝兵衛、よもやお前が寝込む事になろうとはな。」



狩野屋屋敷を訪れた理由、それは狩野屋伝兵衛を見舞うためだ。



「長職様か。見舞いに来てくれたのか。」



狩野屋伝兵衛が体を起こそうとした。



「あ、いや、そのままそのまま。寝ていてくれて構わんぞ。」



僕は狩野屋伝兵衛を制した。



「そうかすまんな。ではお言葉に甘えるとしよう。」



狩野屋伝兵衛はふーっと息を吐きながら答えた。



「それで調子はどうなのだ? 医師は何と?」

「まぁ死病では無いと言われてるがな。だが近々少し食が細くなってしまったな。」



狩野屋伝兵衛の頭にはここ一年で一層白いものが増えて来ていた。

また昨年くらいは少し太っていたのであるが、痩せてしまったようだな。



「神保家としても俺としても、伝兵衛にはまだまだ活躍してもらわねば困ってしまうぞ。」

「ふん。長職様ももう子供では無いのだから、いい加減独り立ちしなけれならんぞ。」

「…冗談で言ってるのは無いのだな。」



神保家の御用商人にである狩野屋、そして僕と同じく時を遡ってきた狩野屋伝兵衛は戦友と言ってもか過言では無かった。



「まぁ俺としてもまだまだ死ぬつもりは無いよ。それでも俺くらいの年になれば、それなりに準備しし始めなければいかないな。」



僕のママ上が亡くなった時にも述べたと思うがこの時代においての平均寿命は短いものだった。

そう考えれば狩野屋伝兵衛くらいの年になれば人生もかなり後半であるのは間違いないのであろう。



「準備と言うのは跡継ぎの話か?」

「そうだな。一応俺としては番頭の市を狩野屋の跡継ぎにと考えている。薬売り(ちょうほういん)も経験しているし有能な男だ。奴ならば長職様や越中に多大な貢献を出来る事だろう。」

「三郎慶広(よしひろ)では無いのか?」



狩野三郎慶広(よしひろ)は神保家が擁する精鋭部隊である弓騎兵を率いている武将だ。

雑兵から取り立てられ伝兵衛の養子となり、武家としての狩野家(分家)を継いだ男である。



「三郎は商いには向かん。それは長職様も分かっているだろ?」

「…それはそうだな。」



狩野三郎慶広(よしひろ)は残念ながら商才は無い。



「…そこで番頭の市よ。既に俺との養子縁組は済ませ、市兵衛徳広(のりひろ)と名乗らせている。」

「そうか。では狩野家も安心と言ったところか。市兵衛徳広(のりひろ)は今日はここにいないようだな?」

「ああ。敦賀方面への物資輸送の船団を率いる為に出かけているからな。」

「…では帰りにそれなりの情報も持って帰ってきてくれそうだな。帰ってきたら城ヶ崎城に登城するように申し付けておいてくれるか?」

「承知した。」



敦賀方面と言う事は現在若狭武田救援の為に丹後出兵をしている朝倉孝景の分を含め、軍事・生活物資の補給に出ているはずだ。

畿内に放っている薬売り(ちょうほういん)に繋ぎを付けることも含めて、情報収集をして帰ってきてくれる筈であろう。



「…しかし先程を言った通り、伝兵衛にはまだまだ活躍してもらわねばならぬぞ。」

「分かっているよ。」


「失礼いたします。」



狩野家伝兵衛と雑談をしていると、手代の一人が部屋に入ってきた。



「長職様。公方様もお使者様が氷見にいらっしゃっている様にございます。先程先触れがあり、長職様と会談されたいとのことの様で。」

「公方様の使者だと…?」



畿内が何やらきな臭いと言うのは掴んでいた。

管領・細川高国が丹波へ脱出したのもそう言う事だ。



「何やら面倒なことになりそうだな。」



狩野家伝兵衛が僕に話しかけて来た。



「そうだな。だが使者には会わねばならないか。」



僕は深くため息をついた。






とある有名な人が「人生五十年~」等と歌っていましたね!

伝兵衛に何かあったら神保家にとっては大きな損失となりそうです。


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