第百二十話
一五三十年一月 京・御所近傍某所
一五三十年一月、管領・細川高国は公方である足利義晴に謁見すべく、御所にほど近いとある寺を訪れていた。
実際の権力としては細川高国の方が上位ではあるのだが形式上は公方が主君であるので、謁見を求める先触れを出したうえで近くの寺に詰めていたのだ。
「彦五郎、公方様には確かに使者を出したのだな?」
「はっ。今朝も使者を出したのですが…」
細川高国が彦五郎と呼ぶのは細川京兆家の所領である丹波国人であり重臣である内藤国貞だ。
内藤氏は細川内衆とされ細川家直属の家臣であり丹波国守護代として在国して高国を補佐する内藤貞正(国貞の父)と、京にて高国を補佐する内藤国貞と役割分担を行っていた。
「ふむ…」
細川高国は腕を組んだ。
今の公方・足利義晴は細川高国が擁立し、そして争いに勝利しその地位に据えたのだ。
言わば後見人であったはずだ。
その後見人が放っておかれるなんてことは普通は無い筈だ。
「失礼致します。殿、御客人が。」
家臣の一人が部屋に入ってきた。
「客人だと? 誰だ?」
「三淵尚員様です。」
「何と、三淵殿が…?」
「お会いになりますか?」
「ふむ…」
細川高国は腕を組んだ。
主君である足利義晴に待たされている中にあって、幕臣である三淵尚員の訪問は何か意味があるのかもしれない。
「会おう。お通ししてくれ。」
「承知いたしました。」
少しして、三淵尚員が家臣に連れられ部屋に入ってきた。
急いでここに来たのか、冬の京都にあって僅かに汗をかいているように見受けられた。
「管領様、突然の訪問申し訳ございません。」
「いや、よくぞ参られましたな。」
細川高国は三淵尚員を笑顔で迎えた。
「して三淵殿の訪問は如何な要件にござろう?」
「単刀直入に申し上げます。公方様は管領様にお会いになりません。」
「…儂に会われぬだと?」
細川高国は思わず身を乗り出した。
「管領様からの書状は確かに届いておりますが、公方様はそれを握りつぶしておられます。」
「そ、それは何故なのか!?」
「私に詳しい事は分かりません。しかしながら…」
「何だと言われるのか?」
「…とある幕臣の仲介で、新年一番目の謁見は顕証寺蓮淳にございまする。」
「何と…、そういう事か。」
三淵尚員に言葉に、細川高国は天を仰いだ。
公方・足利義晴は後見人であるはずの細川高国により浄土真宗の僧を優先したと言う事である。
ここで細川高国が知り得る事では無いのだが、史実では幕府の対本願寺教団の窓口として三淵尚員がそれに当たっていたのだが、ここではそうではないようだ。
「三淵殿、委細承知致した。儂はこれよりここを辞し屋敷に戻る。祝いの品は後程御所にお持ちする故、公方様方にお改め頂く様お伝えいただい。」
「…承知致しました。」
「落ち着いたらまた改めて文を出し申す。」
「お伝えいたしまする。…ではこれにて。」
三淵尚員が一礼すると部屋を辞していった。
その姿を見送ると、細川高国は瞑目した。
数分経っただろうか。
細川高国はカッと目を開け口を開いた。
「彦五郎。準備が出来次第頼みたいことがある。」
「は、何なりと。」
「警備兵の半分はいったん京の細川屋敷へ送るが、儂は屋敷に戻らず丹波へ戻る。」
「は、は…?」
内藤国貞が驚いたように細川高国を見た。
「ここで公方様が坊主共と一緒にいる意味を考えなければならぬ。」
「坊主共は殿を敵視しておりますな…」
「公方様は金でも掴まされたか、坊主共に肩入れしようとしている様に見える。…これは畿内が荒れるぞ。」
「よもや公方様は殿を排そうと…?」
「可能性の話だ。山城は我が細川家が守護を任じられてはいるが各勢力の思惑が跋扈する地だ。地盤とするには危うい。」
「…丹波は一致団結しておりまする。」
細川高国は神保長職の言葉を思い出した。
丹波を大切にせよ、と言っていた。
神保長職はこれを見通していたとでも言うのか?
万が一公方が細川高国を敵と見なしたとしても、丹波で体制を整れば持ちこたえることが可能だ。
「三淵殿には儂が在京している様匂わせておいた。かの御仁は几帳面な人物だから、それをしかと伝えるであろう。公方様への貢物を納めた後、我が細川邸の者共には京を脱出するように手配せよ。もちろん彦五郎もな。」
「…承知致しまして御座います。」
内藤国貞が平伏した後、部屋を出て行った。
この歴史では前述の通り、細川高国は丹波国人衆との関係は良好だ。
従弟である細川尹賢が怪しげな事を言ってきたが、細川高国は耳を貸さなかった。
「…これは神保殿に感謝せねばならないな。」
もし細川尹賢の言葉の通り動いていたら、自身はどうなっていた事か。
細川高国は再び点を扇ぎながら瞑目した。
細川高国も史実と違う動きをすることとなります!
畿内は荒れていく事でしょう。