第百十九話
一五二九年十月 越中氷見狩野屋屋敷
能登七尾城での畠山義総らとの会見からはや半年が過ぎた。
我等越中、能登、越後、越前四ヶ国による同盟が締結され、その情報は畿内や周辺諸国へ広まったわけだが、表面上は大きな変化はなかった。
そもそもかの三ヶ国は神保長職を中心に同盟関係にあったわけだし、それぞれの関係が良好だったからだ。
それでも正式に同盟関係になったわけで、今は軍需・民需問わず物資の流通網の構築を急ピッチで行っていた。
この流通網の中心となっているのは畠山義総の七尾を中心とした海路だ。
もちろん氷見にも港がある訳だが我が神保家は軍船の建造に力を入れており、民間の海運においては能登の廻船業者が中心となっていた。
「お、来ていたか。」
狩野屋の応接間に狩野屋伝兵衛が入ってきた。
「ああ。ちょっと早く着いたんだがお邪魔させてもらってたよ。」
「そうか。俺は色々回ってきたばかりだから疲れててな。ちょっと休ませてくれ。」
狩野屋伝兵衛はドカっと座椅子に腰を下ろした。
図らずも北陸随一の大店となった狩野屋だが、その主である伝兵衛はここまでずっと走り続けてきたわけだ。
伝兵衛は七尾に赴き、現地の廻船業者との調整に回っていたのだった。
「…伝兵衛。お前、少し老けたか?」
「何だ何だ藪から棒に。…まぁ俺ももう四十になったんだ。この時代ではもう人生の後半と言っても違いは無いな。見てくれ、もうだいぶ白髪が出て来たよ。」
確かに伝兵衛の髪には白いものが多くなっていた。
「俺達が出会ってからもう九年だもんな。」
「長いようで、あっという間に過ぎた感じもするな。」
九年前は風前の灯火であった神保家も、ここまで大きく安定してきた。
伝兵衛はそれに大きく貢献してきたと言えよう。
「さて、少し落ち着いてきたよ。…それでそっちの状況はどうかね?」
「ああ、表面上は特段変わりない。だがやはり加賀の坊主共がこちらの真宗門徒に揺さぶりを掛けてきているようだな。」
加賀の一向一揆は越中にいる大谷兼了ら安養寺衆の門徒とは敵対派閥にあたる。
それでも元々は同じ勢力だったわけで、あの手この手で調略を仕掛けようとしているようだ。
とは言え、「逆らうと仏敵に!」等と言う言葉と共に寝返りを求めてくる輩に靡くものは越中にはいないようだ。
国内の門徒を纏め上げてくれている総代である大谷兼了には感謝するしかないが、油断は禁物だ。
「いつ実力行使に及んでくるか分からぬ。こちらも諜報や国境警備に注力するように指示を出したところだ。」
「そうか。…でこちら海運の方だが概ね順調だ。一定の投資と引き換えにはなったが、七尾の船にて越後への定期便を押さえることが出来た。」
「…上出来だ。これで我等は引き続き軍船の研究開発に注力できる。」
「カネは何だかんだ越中が一番持っているからな。ま、こっちは引き続き俺に任せてくれ。」
うむ、狩野屋伝兵衛はやはり有能で信の置ける人物だ。
ちなみに同盟四ヶ国において経済力・軍事力において越中が頭一つ抜けていた。
それでも他の三ヶ国もそれぞれ光るものがあるし、毛色が違うものだ。
(越前は軍神がいるとかね。)
「あ、ところでな。まだ伝兵衛には言ってなかったんだが、ウチと能登にそれぞれ大きな出来事があったんだよ。」
「ん、大きな出来事? なんだそれは?」
伝兵衛の問いに、僕は麦湯を飲んでからゴホンと咳払いしてから答えた。
「まずは能登だが、義兄上の奥方が懐妊されたそうだ。」
「そうか、それはめでたいな。…と言う事はその子は畠山義続か? いや、時代が合わないか。長男もいたようだが…」
「そこは分からないけど正室との子が出来ないもので、能登国内の神社の宮司家から側室を迎えたようだな。」
「とすると史実では生まれない予定だった人物かもしれん。お前の子・松風丸のようにな。」
史実における畠山義総の子は畠山義続が有名だが、あまり有能では無かったはずだ。
これから生まれてくるであろう義兄上の子は、伝兵衛の言うように畠山義続では無いかもしれない。
「…で越中の方だがこちらも目出度き事でな。芳が二人目を懐妊したんだ。」
「おお、御方様がな。目出度いじゃないか。」
「ま、まあな。義兄上がな、もし義兄上の子が男子で俺の子が姫だったら嫁にくれってうるさいんだよ。」
「畠山様らしいな。…いずれにせよおめでとう!何ぞ祝いの品を用意せねばならんな。」
「神保家としても義兄上に祝儀を送ろうと思うから、何か準備を頼めるか?」
「ああ、任せてくれ。忙しくなるぞ!」
さっきまで疲れていた筈の伝兵衛が急に元気になってきた。
まぁ喜んでもらえるのは嬉しいものだな。
おめでた話でした!