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第十二話


回想 一五二〇年 越中高岡某所



ある日私は高岡郊外の自宅を出て、港の方に構えている仕事場に向かっていた。

私の名は、姜右元(きょううげん)

七年ほど前に故郷の明国からここ越中国は高岡に移住してた。ここでは薬種業を営んでいる。

この国は残念なことに、明国よりも技術が遅れている。都がある京やそれなりに栄えている都市であればマシなのだろうが、ここ越中は戦乱続きなのだ。まあ、それだからこそ私の商売が成り立つという事もあるのだが。

世の中綺麗事だけでは無いということだ。



「ん、なんだ?」



何やら私の職場…、工場兼店舗の方が騒がしい。

目を向けると、何やら武装した集団が押し掛けているようだ。私はその場へ駆けて行った。



「いったい何事でございますか?!」



私は男たちの前に出た。

すると一団の中で一番若そうな、他の者と少し武装の出立ちが違う男が応じてきた。

少年と言っても良さそうな男だ。



「その方がこの薬種屋の主か?」

「はい。私が主の姜でございます。お侍様方は何用で我が商会に来られたのでありましょうや?」

「我が名は越中守護代神保長職様が家臣、狩野弥五郎でござる。上意を持ってご同道願おう。」



神保長職…?!

この国の守護代、つまり支配層にあたる武家の事では無いか。



「守護代様の様な方が何故そのような…」

「詳しい内容は聞かされておらぬ。穏便にご同道いただけぬ場合は力付くでもお連れせよと、命令されておる。」

「そんなご無体な!」



私はチラリと侍達の後ろを見た。

部下が既に後ろ手に拘束されていた。

ここで逆らうのは悪手だ。



「…かしこまりました。命に従いまする故、何卒部下達の安全を保障していただきたい。」

「大人しくしておれば危害は加えぬことを約束しよう。」



そして私は氷見の街へと連れて行かれたのだった。



◇ ◇ ◇



夕刻、私は氷見にあるとある商会の屋敷に連れてこられた。部下達は他の部屋に通されたらしい。

この部屋にいるのは商会の主であろう男と、若く身なりの良い侍だ。おそらくこの侍が神保長職なのだろう。対応を間違えるわけにはいかない。

私はその場で平伏した。



「面を上げよ。」

「ははっ。」



私は顔を上げた。



「手荒な真似をしてすまぬな。俺が越中守護代神保家当主、神保長職だ。その方は…姜と言われたかな?」

「は。私は姜右元と申します。恐れながら、何故私はこのような所へ連れてこられたのでありましょうか。」

「うむ。こんなことをして言うのも何だが、俺達の事業に与力して貰いたいのだ。もちろん、相応の礼はさせてもらう。」

「事業とは…?」



私は神保長職の顔を見た。

半ば強引に連れてきておいて、私に何をさせようと言うのか?



「なに、今その方が高岡でやっている事を氷見でやってもらえば良い。つまり製薬と薬の店頭販売だな。」



神保長職は私の商売はご存知か。



「こちらに移転をせよ、と。」

「そうだ。ここ狩野屋の隣にそれ用の工場と店舗を揃える。必要な設備はこちらで用意するから、何なりと言ってくれ。」

「…それは断る事は出来ぬ事ですか?」

「すまぬが、<自発的に>与してもらうか、<強制的に>与してもらうかの二つしかない。なに、損はさせぬ。」



選択肢は無しか。



「部下達の身の安全は保証して頂けるのでしょうな?」

「無論だ。約定は違えぬ。」

「…かしこまりました。」

「ああ、それと、製薬してもらった薬を他国へ行商したいとも考えている。その人間はこちらで用意するが、教育も頼みたい。」

「行商、でございますか。」

「狩野屋。」

「はっ。」



横に控えていた商人、狩野屋伝兵衛と言うようだが、事業説明を始めた。

自分の店でも他へ売りに行くこともあるが…。



「置き薬、でございますか。」

「最初は代金の回収は出来ないが、一度置いてしまえばその客は他から買わない。定期的に訪問した時に使った分を確認してその代金を回収する仕組みだな。」



そうすれば顧客の囲い込みが出来る訳だ。

店頭だけでは中々そうはいかない。



「他にも目的はあるが、まあそれはその方には関係無いのでな。それについて知りたくなったら聞いてくれ。」



神保長職が説明に口を挟んだ。

これはおそらく関わらないほうがよいやつだ。



「…それについてはご遠慮致したく存じます。」



私は製薬に関する事に集中することにしよう。












本エピソードは薬種業の姜の勧誘に関するものでした。

姜右元は架空の人物で明国出身と言う設定です。


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