第百十七話
一五二九年四月 能登七尾城
年が明けて暖かくなってきた四月。
畠山義総、朝倉宗滴、上杉定長、そして僕の四名が能登七尾城の広間に会していた。
「宗滴殿、お久しゅうござるな。まずは越前を平定したこと、お慶び申し上げる。」
畠山義総が朝倉宗滴の方を見ながら口を開いた。
「恐悦至極にござる。中々厳しい戦いであったが、右衛門佐殿(僕の事)のお陰をもちまして何とか勝利でき申した。」
「我が家臣の松波と長岡がお役に立てたようで何よりです。」
朝倉宗滴がニヤリと笑いながら僕の方を見た。
まぁ礼を言われて嫌な気持ちにはならないな。
「…さてここに皆に集まって頂いたわけだが、長職よ。」
「はっ。皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。能登、越後、越前、そして越中の四ヶ国にて相互同盟をご提案させていただきたく…」
「ほう…?」
畠山義総と朝倉宗滴が少し身を乗り出すような体勢になった。
上杉定長はそこまでではないが、ほうほうと言う感じの顔つきだ。
「今まで我が神保家は畠山家とは婚姻同盟、そして敦賀朝倉家とは軍事同盟を結んできました。上杉家とは同盟までではありませんが、協力体制にあります。…そこで同様の同盟を四家で締結できればと考えました。」
僕は眼前の三名の当主に構想を説明した。
既に神保家を中心にこの四家は実質的に高度な協力体制にあると言えよう。
しかしながらそれは明文化された盟約がある訳ではない。
越後の状況はまだ安定しているとまでは言えないが、現状小康状態である。
越前での内戦が収まった今チャンスと考えている。
僕が考えるこの四家での同盟はただの軍事同盟では無い。
経済的にも高いレベルで協力することで、高度なブロック経済の確立を目標としているのだ。
そして経済が整っていけば、当然軍事面での力も付いてくると言うものだ。
「な、長職殿はそこまでの事をお考えだったのですね…!」
上杉定長が興奮した様子で拳を握った。
この時代、このような同盟関係・ブロック経済の構想を持つものなど居まい。
かの有名な織田信長等も楽市楽座等画期的な仕組みを作り上げようとしたが、それはあくまで自身の支配地を中心としたものだ。
それは強大な軍事力を持つ織田家だから出来た訳で、北陸の一大名がそれぞれ独力で出来るものでは無い。
「なるほどな。確かに長職の言う通り、単独で出来る事には限界がある。そこで我等四家が力を出し合う事でその限界を突破しようと言う事か。」
「経済が安定すれば民の暮らしも良くなるし、軍備も整うと言うものだの。」
畠山義総と朝倉宗滴も感心した様に頷いた。
「…長職が言うこの構想は素晴らしい。しかしな、これは公方様を中心とする幕府の体制に対して、ある意味喧嘩を売るものとも言えよう。」
「覚悟の上です。確かに公方様は未だ一定の権威を持ちますが、それもいずれ衰えていくでしょう。それでもまぁ管領様には話を通そうと思いますし、表立って公方様と敵対するつもりもありません。」
古き体制にいつまでもしがみつくわけにもいかないのだ。
「分かった。そこまで覚悟があるなら、我が畠山も協力しよう。…だがそこまでの同盟関係を結ぶのであれば、この陣営の盟主が必要であろう。」
「仰る通りです。そこで盟主を義兄上にお願いしたく…」
「は? 何を言っているのだお前は?」
「へ…!?」
畠山義総がひらひらを手を振った。
「そんなもの、言い出しっぺのお前がやるべきだろう。」
「し、しかし、我等の中で一番畠山家が家格が高く…」
「…公方様の権威と相対する覚悟を言っていたお前が何を言うか。それに俺が盟主などそんな七面倒な事やる訳なかろう。」
「え、えっと、宗滴殿は…?」
僕は震えながら朝倉宗滴の方を見た。
「儂も盟主などやらんぞ。軍務に関する事なら最大限の力になるがな。わっはっは!」
「定長殿…?」
次に横にいる上杉定長を見た。
「私はまだまだ国内も纏めきれぬ未熟者です! 尊敬する長職殿の下で学ばせていただきます!」
そんなキラキラした目で見ないで…。
「心配するな。俺達も最大限出来る事はさせてもらうよ。」
「戦いは儂に任せるが良いぞ。」
「私も精一杯頑張ります!」
何という事だ。
僕が陣営の盟主になってしまった。
実務についてはまだこれから詰めていく事になるが、今ここに、『三越・能登相互協力同盟(仮称)』が誕生したのだった。
もちろんこのような同盟は史実には存在しません。現代人である神保長職だからこその構想と言えるでしょう。