第百十五話
一五二八年八月 一乗谷
朝倉宗家が敦賀朝倉軍に降伏してひと月が経った。
僅かに抵抗を続けていた残党の掃討も終わり、一年と五カ月にも及んだ朝倉家の内訌がようやく終結したのだった。
そしてこの日敦賀朝倉家の主だった武将、そして捕縛された朝倉宗家の将兵が一乗谷城近くの寺院に集められていた。
「皆の者ご苦労。面を上げよ。」
朝倉宗滴がその場に集まった者達に声を掛けた。
その声を受け一同が各々顔を上げた。
その中には利き腕を失った朝倉家当主・朝倉孝景もいた。
「此度我等朝倉は不幸にも敵味方に分かれたが、ようやくそれも終結する事となった。」
「まっこと喜ばしき事にござるなあ!」
「左様。これも我等が“御屋形様”の力量よ!」
「そうじゃそうじゃ!」
何人かの武将がこれ見よがしに大きな声を上げた。
「右兵衛尉景隆か…」
朝倉宗滴が少し顔をしかめながらその者達の方を見た。
「はっ。某、軍神と誉れ高い御屋形様にお仕えできるのは至福の喜びにございまする!」
まさにごますりと言えよう。
元々はこの朝倉右兵衛尉景隆らは宗家側の武将であった。
それが主君朝倉孝景の利き腕を斬り飛ばし、しれっと敦賀朝倉軍側の人間に収まろうと言うのである。
「…ではお主は聡明であるのだろう。お主は此度の内訌は何故起こったと考える?」
朝倉宗滴が厳しい視線を送りながら問いかけた。
「ははっ。それはそこな朝倉孝景様の力量不足に御座いましょう。誉れ高い朝倉家の当主たる器では無かったのです!」
右兵衛尉景隆が得意げに答えた。
そしてその周辺の武将もそうじゃそうじゃと頷いていた。
朝倉孝景は表情を変えずに真っすぐを見据えていた。
「…左様か。」
「ははっ。それに引き換え御屋形様はまさに当主の器にあらせられ…」
「もうよい。」
朝倉宗滴が言葉を遮った。
右兵衛尉景隆は眉を引き攣らせるも、愛想笑いを浮かべていた。
「…さて此度はこの場において戦功者への報償と、戦後処理を致す。まず戦功一位!」
朝倉宗滴が視線を移した。
「戦功一位は朝倉孫八郎景高!」
「そ、某に御座いますか? しかしながら某は一乗谷に後方から近付いたに過ぎませんが…」
朝倉孫八郎景高が困惑した表情を浮かべた。
「何を言うか。お前がそうしたことで均衡が崩れたのじゃ。お前とその郎党には吉田郡を与える。好く治めてみせよ。」
「ハハッ…。承知致しまして御座います。」
朝倉孫八郎景高が平伏した。
「次に戦功二位は、長岡六郎及び松波長利ら神保家援軍とする。丹生郡から厨城と周辺の港湾の管理を神保家へ委任致す。神保長職殿にお伝えいただけるか?」
「承知いたしました。」
長岡六郎と松波長利が頭を下げた。
その後も論功行賞が続くも、先程ごますりに励んでいた右兵衛尉景隆らの名前が呼ばれる事は無かった。
業を煮やした右兵衛尉景隆が声を上げた。
「お、恐れながら!」
「何じゃ?」
「我等、御屋形様の御役に立ち申しましたぞ!」
「ほう、そうなのか?」
「も、勿論にございます。朝倉孝景を捕らえ、そして…」
「まあ待て。」
朝倉宗滴が首を振った。
「…最後にここ一乗谷周辺の代官が残っておる。」
「おお…!」
右兵衛尉景隆らが色めき立った。
自分がそれに任命されると思ったのだろう。
「儂は新しき朝倉家の本拠として引き続き敦賀に居るつもりじゃ。では一乗谷代官として…」
朝倉宗滴が視線を向けた先にいたのは…。
「孫次郎。お前が引き続きここ一乗谷を治めよ。」
どよめきが起こった。
孫次郎と言うのはそう、朝倉孝景の事である。
右兵衛尉景隆らは開いた口が塞がらないと言った様子だ。
「お、大叔父上は何を言われるのか…?」
流石の朝倉孝景も信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「孫次郎。儂はお前を無能などとは思わぬ。その内政における手腕は、城下を見れば分かるからのう。」
「しかしながら、俺は敗軍の将にござるぞ。」
「それでもだ。いつまでも国内が混乱していては坊主共の思う壺じゃ。一刻も早く復興しなけれならぬ。さすがにお前とその郎党の所領はここ周辺に限定するが…」
朝倉宗滴が朝倉孝景に近付き、肩に手を置いた。
「儂を助けてくれるな。」
「…それはもう。」
朝倉孝景が平伏した。
孫八郎景高も軽く頷くと目を伏せた。
「さて、右兵衛尉景隆。」
「は、はひっ!」
「儂は貴様の様な、己が主君を平気で売るような男は好かぬ。命までは取らぬ故、どこぞなり消えるが良い。」
「ば、馬鹿な…」
右兵衛尉景隆とその取り巻きががっくりと肩を落とした。
敗軍の将は朝倉孝景とその郎党、与していた将の中で賛同する者は所領こそ削られるも敦賀朝倉家に仕える事となった。
今ここに、朝倉家における内乱が終結したのである
ノーサイドと言う奴です!