第百九話
一五二七年八月 越中城ヶ崎城
「特に、長職殿。」
「む、何だ? 定長殿。」
越後方面に関する話し合いをひとしきり終えた後、上杉定長が話題を変えてきた。
「此度私の随行員として越後の国人領主の嫡男を連れてきました。是非神保家中にて学ばせていただきたく…」
「ほぅ?」
これは良い申し出であるな。
先だっては我が神保家から長岡六郎を援軍と称して敦賀朝倉家に預けた。
もちろん朝倉宗滴には事前によろしく頼むと文を認めておいたけどな。
交換留学生の様に人材交流を行っていけば何かあった時に迅速な連携が出来るかもしれないし、様々な学びによって井の中の蛙になることを防げること期待している。
「その人物は隣に待機させておりまして、この部屋にお入れしても良いでしょうか?」
「…ふむ、構わんぞ。」
さて、誰を連れて来たんだろうな。
「弥次郎、長職殿からお許しが出た。入ってきなさい。」
弥次郎? まさか!?
上杉定長に呼ばれ、その人物が入室して来た。
「お初にお目に掛かります。越後国人柿崎利家が一子、弥次郎にございます。」
やはり!
この人物はあの柿崎景家だ。
年齢としてはおそらくこの時代では十三、四くらいだろうか?
弥次郎は僕の目の前で深々と頭を下げた。
「…弥次郎はまだ元服前にございましてな。本来はもう少し早く元服を済ませる所でしたが長尾為景の越中侵攻等の混乱で期を逃しておりまして。」
「それで我が神保家に預けられるのに合わせて元服を、という事かな?」
「は。長職殿に弥次郎の烏帽子親になって頂けますと、弥次郎としても私としても嬉しきことにございます。」
そう言えば僕の近習の狩野職信も畠山義総に烏帽子親になってもらっていたく感激していたな。
まぁこの時代の人物は特にそう思うのかもしれないな。
「ふむ、そうか。俺で良ければ喜んで烏帽子親になろう。そうだな、名も付けてやっても良いか…」
「左様にございますか!? よろしければ是非…」
正確な事は分からないが史実ではおそらくは長尾為景もしくは長尾晴景(この歴史では上杉定長)から「景」の字を貰ったものと想像する。
この歴史では長尾・上杉周りの歴史はかなり改変してしまったから、それが起こらない事だろう。
「柿崎家の通字は“家”であったな。では俺が祖父である神保長誠から誠の字と取り、誠家と言うのはどうだろう? 祖父は神保家の大きくした武将として尊敬していてな。弥次郎もそれにあやかって偉大な武将になってほしいと考えたのだが。」
僕はそれらしい理由を付けて弥次郎に提案した。
事実、史実では神保長誠は越中神保氏の最盛期を築いたとされている。
政争に敗れた時に将軍・足利義材を越中に招いて亡命政権樹立を助けたほどだ。
それゆえに神保家は中央から一定の信頼を得られたと言われている。
もっとも我が父慶宗が長尾とモメたせいで台無しにしてしまったわけだが。
「ま、真にこざいますか…。き、恐悦至極にございまする!」
弥次郎は肩を震わせながら平伏した。
どうやら感激してくれたようだ。
「という訳だが、それで良いかね? 定長殿。」
「はっ。私としても異論はございませぬ。是非弥次郎…、柿崎弥次郎誠家が大いに学ばせていただき、越中・越後を支える礎となってくれることを期待しておりまする。」
この日、柿崎景家では無く柿崎誠家が爆誕したのであった。
上杉家の有能な家臣と言えば柿崎景家でしょう!
某ゲームでも長尾家/上杉家でプレイした人はほぼほぼ使うものと思います!