第十一話
一五二〇年 九月 越中守山城
暑さもようやく落ち着き始め秋の空気が漂ってきたころ、僕は久方ぶりに形式上現在の本城と位置付けている越中守山城に滞在していた。
領地では農民達が稲の収穫をしている頃だ。
そろそろ代官や名主に税率の触れを出さねばならぬな。
僕は目の前の紙に命令書と認め始めた。
「…久しぶりですね。長職殿。」
「これは母上、ご機嫌麗しく…」
僕が執務室として使っている部屋に、我が母上が入ってきた。
「息子に会えるとなれば機嫌は悪くない、と言いたいところですが。」
うーむ、これはご機嫌斜めだな。
まあここ何か月か帰って無かったと言うのもあるだろう。
「これは申し訳ありませぬ。ここ最近氷見の方で忙しかったもので…」
「弥五郎からはそれなりに聞いています。能登守護の畠山家と和議を結んだそうですね。」
「左様でございます。…それで椎名様はご機嫌斜めだとか。」
能登畠山家と和議を結んだ旨を書状にて知らせたのだが、読むとその文を破り捨てたそうだ。
「あの方は慶宗様と同じく戦場がお好きですから…。それであの方はどうするのです?」
「その内に直接お会いして説得致しますが、しばらくは捨て置きます。」
先にも述べたが今は収穫の時期だから、今はどの領主も事は起こせない。
この時代は軍の主力は農民兵なのである。
これについては僕としても改善する予定だが、それは少し後になるかな。
「だれかある!」
僕が大きな声で人を呼ぶと、すぐに弥五郎が入ってきた。
「お呼びでございますか。」
「うむ、この書を写して所領の代官・名主に届けよ。今年の年貢率は四割とする。ただし、昨年の戦の被害が大きかった村は一割を減とする。偽りなく述べることを厳に通達せよ。」
「かしこまりました。」
弥五郎が書を受け取ると一礼して部屋を出て行った。
この時代の年貢率と言えば大体四公六民か五公五民と言ったところだ。
いったん全領地で三割にしようかと思ったが、それだとこちらの収益にも懸念が出てきてしまう。
通常年貢率とし、苦しい村は三割が良いと考えたのだ。
さて、とりあえず今日は一仕事終わりかな。
ぐーっと背を伸ばした後、僕は母上の方へ向き直った。
「母上、先程の話の続きですが、私が能登畠山家と和議を結ぶにあたり、義総様から先代義元公の姫との縁談を持ちかけられました。」
「能登畠山家の姫とですか!?」
母上が少し驚いた表情を浮かべた。
「先だっての和議も当家にとって不利な点はほぼなく、氷見と七尾の町の経済に関する約定も結べ申した。それに加えて能登畠山家との縁談となれば、我が神保家にとっても良き事かと存じまする。」
「縁談をお受けするつもりですか?」
「前向きに考えておりまする。姫の名は芳姫様と言うそうです。それに関連して一度七尾へ向かおうと考えておりますが…」
「先代様の姫と言う事は、現当主の義総様と義兄弟になる訳ですね。」
「左様でございますな。」
僕は母上と見た。
思案している様子だったが、何やら考えたような感じでポンと手を叩いた。
「分かりました。母としてもその縁談には賛成です。」
「ありがとうございます。正式には一度お会いしてから…」
「七尾に行く時には母も連れて行きなさい。妾が見定めてあげまする。」
「え、ええ…」
なんと、ママ上も付いてくるつもりらしい。
見定めるって何? 早くも姑モード?
まあまだ芳姫と結婚すると決めたわけじゃないけど、嫁姑問題は勘弁してほしい。
◇ ◇ ◇
何故か上機嫌になった母を見送った後、僕は再び机の前に座った。
年貢率を決めたので今日は別に仕事をする必要も無いのだが、それでも色々と思案してしまうものだ。
椎名慶胤の事は、先にも述べた通りひとまず置いていこう。
氷見の商売のことはだいたいのことは狩野屋伝兵衛に丸投げできるからヨシとして、稲の収穫が終わった後やらねばならぬことは戦の準備だな。
もちろんこちらからどこかを攻めるつもりは無いのだが。
それに関連してやりたいと思っているのは、農業に従事しない兵士、つまり職業軍人を育成する事だ。
一年を通して最低限の兵力を動かせるようにすれば、他国からの脅威も軽減できるだろう。
とりあえずは二百名くらいの常備軍を揃えたい。
それを率いる武将も誰かスカウトしたいところだ。
この周りに、誰か良い武将っていたっけ…?
まだまだやらなければならない事が多そうだな。
ママ上がやる気を出してしまいました(笑)
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