第百三話
一五二七年一月 能登七尾城
年が明けた一月、僕は久方ぶりに畠山義総の居城である能登七尾城を訪れていた。
数年前の戦を和睦し婚姻同盟を結ぶようになってから年始は七尾城を詣でる約定を結んでいたのだが、ここ最近では戦乱やママ上の死もあり出来ていなかった。
今年は久しぶりにそれを遂げる事が出来、畠山義総も大層喜んでくれた。
必要な挨拶やその他の祝いなどを終え、僕と畠山義総は二人きりで酒を酌み交わしていた。
「のう、長職よ。何故か中々子が出来ぬのだ。」
既にそれなりに酒を呑んでいた畠山義総が顔を赤らめながら言った。
そして盃を僕の前に差し出してきた。
「…御世継にございますか。」
僕は銚子で盃に酒を注いだ。
そして畠山義総はグビっと酒を呑んだ。
「そうよ、その、俺もそれなりに励んでおるのだがな…」
畠山義総はまだ四十も手前だ。たぶん、三十六歳くらいだろう。
まだ老け込むには早い。
それに史実ではもちろん子を儲けていたはずだ。
「…それほど考え過ぎ無くとも良いと思いますぞ。」
まぁこの場では根拠がある答えにはならないがな…。
「ふん。お前は嫡男の松風丸がおるからに…」
「しかしあまり焦りますと御方様等にも御負担になろうかと存じまする。」
畠山義総の室と言えば正室が居た筈だ。
僕はこの正室に会う事はあまりないので年齢は分からないが、畠山義総より少し下くらいだろう。たぶん、
(正直僕は良く知らない…)
そう言えば史実で畠山義総の跡を継ぐことになる畠山義続の母親は誰だか分からないんだよな…。
義続の兄もいたはずだが、早く亡くなってしまったようで詳細不明だ。
「しかしな、この年になるまで子が出来ぬと家臣共がざわついて来るし、良からぬ者共も出てくると言うものよ。」
武家の世継問題と言うのはさもありなん、という訳だ。
名門・畠山家だから当然だ。
「…であれば側室をお持ちになるのも一つの手と存じます。」
「側室か…」
これも政略結婚の火種ともなり得るものなのだが。
畠山家程名門になると、その室を迎えるにあたってはそれなりの家格のある娘でなければならない。
(あるいはそれなりの家格の家の養女とし、その上で室に迎えるという手段もある。)
「…まぁ考えておこう。子が出来ぬ、と言うならばどこぞの子を養子に迎えても構わぬな。そうだ、お前の子の松風丸を俺にくれぬか? あれは芳に似て顔立ちも良い。」
「御冗談を。そもそも芳が許しませぬぞ。」
「…うむ、芳を怒らすわけにいかんな。」
何を言い出すのかと思ったが、芳の名を出したらあっさり引き下がった。
我が愛妻の影響力は大きい。
「…時に神保家は飛騨の真宗の門徒、内ケ島と結んだそうだな?」
「はい。まぁ我が神保家から彼等に積極的に関与するつもりはありませぬ。」
「そうなのか?」
「何か要請あれば即応できる軍部隊を安養寺城に二千程準備いたしましたが。」
「…飛騨の規模を考えれば十分な援軍だろうに。」
「左様ですな。」
飛騨国内は前にも述べたが、国人衆や門徒達の勢力が戦いを続けていた。
一つに纏まった越中に比べればそれぞれが小さな勢力であるから、二千の兵力がかなりの牽制になるものだ。
「いずれにせよ内ケ島は当面我が傀儡とし、飛騨や美濃方面の緩衝地帯としたいと考えておりまする。」
「…ほう、お前もやるじゃないか。」
正直、現状で飛騨方面にはあまり関心が無い。
適当に力は貸してやるから、適当にそこに存在してくれれば良いのだ。
「義兄上。我が神保家は内政を進めるのはもちろんの事、今後目を加賀に向けて参ります。」
「それは賛成だ。管領の細川高国にも内諾は得ているのだろう。」
「左様で。」
管領・細川高国は加賀の一向一揆のせいで多くの領地・荘園を失っているから、基本的にこの方針に反対しない。
あとは朝倉宗家等の協力を得られるかがカギだ。
そこは朝倉宗滴の説得に期待しよう。
「相分かった。俺の方も準備を進めるとしよう。」
「ありがたき幸せにございまする。」
畠山義総は阿吽の呼吸で僕の意図を汲み取ってくれるからありがたい。
その後僕は今後の能登や越中に関係する政策について意見を交わした。
その結果についてはもちろん国へ持ち帰り家臣達と協議する必要はあろうが、今年一年は概ね畠山義総と話し合った方針で進めていくことになるだろう。
世継ぎ問題は簡単なものでは無いのです。
むろん主人公である神保長職も子が一人という訳にもいかぬでしょうから、今後何か展開があるかもしれませんね!