第百二話
一五二六年十二月 越中城ヶ崎城
「神保右衛門佐様。お初にお目にかかります、某が内ケ島上野介雅氏と申しまする。」
十二月を迎え雪が降り始めた頃、僕は本城である越中城ヶ崎城にて飛騨国の国人衆である内ケ島雅氏の訪問を受けていた。
飛騨国は守護としては京極氏の領国であったがご多分に漏れずその勢力を失っていた。
その為京極氏の支流である三木氏(後の姉小路氏を称す)や国人勢力、飛騨一向一揆等の勢力が争いを続けていたようだ。
そして眼前にいる内ケ島雅氏ら内ケ島氏もその一つとして勢力を持っていたようなのだが、正直某ゲーム等ではあまり聞いたことが無い。
それでも歴史に詳しい狩野屋伝兵衛に聞くと鉱山経営等で力を付け、それなりに勢力を持っていたらしい。
「上野介殿、わざわざ我が城ヶ崎城まで来てもらい苦労を掛けたな。」
越中守護になった僕は一応格式が上だ。
それなりに労いの言葉は必要だろう。
「勿体なきお言葉。ありがたき幸せにございまする。」
「うむ、面を上げて頂こうか。」
眼前の内ケ島雅氏であるが僕よりも年上で白髪が混じり始めた、この時代においては初老の武将といった感じだ。
「して上野介殿は何故俺に会いに来られたのだ? 実悟…いや、大谷兼了に俺との面会取次を頼んでいたようだな。」
「は。右衛門佐様は浄土真宗の門徒にも寛容な政策を敷いておられると聞いておりまする。我が領地にも門徒が多く…」
「ああ、貴殿は熱心な門徒であるようだな。」
…と狩野屋伝兵衛から聞いていた。
僕は正直飛騨の歴史は良く知らないのだが、史実においては越中の一向一揆の兼ね合いから大小一揆にも関わり合いがあったらしい。
「しかしな上野介殿。俺が越中の門徒に寛容であるのは、彼の者らが我が領民であるからだ。もちろん彼等には大谷兼了らを筆頭に一定の自治を認めているが、ね。」
目の前の御仁が何を目的としているかは分からないが、我が神保家と越中の門徒の関係はしっかり分かってもらわねばなるまい。
「それでも右衛門佐様の下で門徒達は平和に暮らしておりますれば。」
「平和…ね。」
平和と言うのが何を指すのか、それによっては話が変わってくるものだが。
「貴殿が言うところの平和とは何かね? 我が越中には先だっては貴殿等と同じ門徒であるはずの加賀からの侵攻を受け、我が領民の門徒はそれに抗ったのだがな。」
「そ、それは…」
内ケ島雅氏が少し顔を歪めた。
「まぁ良い。それで貴殿は何が目的で俺に会いに来られたのだ?」
「は…。右衛門佐様に我が内ケ島をお助け頂きたく…」
狩野屋伝兵衛が言うには、史実ではこの内ケ島氏は本願寺、つまり僕からすると敵方の為に良く働いていたようだ。まぁ僕の世界における歴史はそれとは異なるとはいえ、どういうことなのだろう?
「上野介殿。我が越中において門徒を纏めていた大谷兼芸は本音で俺にぶつかってくる坊主であった。奴は生臭であったがな。兼了はそれとは違うが、覚悟を持ってその立場にいる。その兼了の紹介とは言え、貴殿は他国の者であり、助けてくれと言われてすぐは相分かったとはいかぬぞ。」
「は、有り体に申しまする。我等が居る飛騨はとても貧しくそれにも関わらず諸勢力は戦いに明け暮れておりまする。」
「それは貴殿らも同じでは無いか?」
「おっしゃる通りにございます。争い故、民は貧しい生活を送っております。しかし越中はどうでしょう? 確かに戦乱にあったとはいえ、その発展や復興は目覚ましいものです。」
まぁそれはそれで家臣や領民が一丸となって努力をしたからな。
「…それで俺に助けを求めたいを言われるのか?」
「左様にございます。出来ますれば、我等内ケ島を庇護下に加えていただきたいのです。」
ううむ、我等の傘下の勢力が増えるのは良い事ではあるのだが、この人物が信に足る者かまだ分からないな。どうしたものか。
「なるほどな。しかし助けを求めるなら美濃の土岐殿等もいるでは無いか? あるいは飛騨であれば守護代の三木殿との和睦等も考えなかったのか?」
「美濃は山をいくつも越えねばなりませぬし、三木様は国内勢力を攻撃して参りまする。」
まぁ確かに某ゲームでは三木、後の姉小路氏が飛騨の統一を成し遂げたんだったな。
「…それで安養寺等と親しい俺のところへ来たという事だな。」
「はい。どうかお願いいたしまする!」
内ケ島雅氏が頭を下げた。
「…まぁ兼了の紹介でもあるし無下に帰すわけにいくまい。貴殿が求める全てに応えられるかは分からんが、出来るだけの事をするとするか。」
「あ、ありがたき…」
「しかし一つだけ条件がある。」
「そ、その条件とは…?」
「それはな、貴殿らがもし俺が庇護下で飛騨で勢力を広げるとしよう。その下において貴殿の領民が何を信じようと俺は関知せぬが、もし望まぬ者まで貴殿等の宗派へ改宗させようとするならば、俺はそれを許さぬ。」
要するに信教の自由は認めるが、自分が信じるものを他人に強制するなという事だ。
「これは安養寺衆にも守って貰っている。貴殿はそれを守れるかな?」
僕の庇護下に入りたいと言うのであれば、守って貰わないとな。
内ケ島氏は飛騨について調べていて初めて知った国人でした。昔の某ゲームには出てこなかった…気がするので。