第百一話
一五二六年十一月 越中安養寺城
「へくち!!!」
我が愛妻芳が可愛いくしゃみをした。
「日が陰ってきてさすがに冷えて来たな。まぁもう冬になったからな。」
「御屋形様、今日は安養寺にお泊まりになられたらいかがでしょうか? ささやかながらおもてなしさせていただきとうございまする。」
「うむ、お言葉に甘えるとしようか。だが俺達に過大なもてなしは不要だからな。」
「承知いたしました。では、準備して参りまする。」
実悟改め大谷兼了との会談は終えた僕であるが、今日はこのまま安養寺城にて一泊する事となった。
寒くなってきたし、暖を取るとしようか。
僕達は安養寺城の奥の部屋に入った。
「おお、若はもうお休みになっているようだの。」
我が子松風丸は芳に抱かれ寝息を立てていた。
三歳と半年近く過ぎたところだが、まだまだ甘えん坊だ。
「六郎さま、松風丸と遊んでいただきありがとうございます。遊び疲れたようですぐ寝てしまいました。」
「い、いや。御方様にそう言っていただけると恐れ多くて気恥ずかしくなりまするる!」
長岡六郎が頭をポリポリと掻きながら答えた。
「るるって何だよ、六郎。俺とは随分違うじゃないか?」
「そりゃもう、御屋形様と御方様とは違うだろうよ。」
「何だと?」
「駄目ですよ、長職さま。松風丸が起きてしまいます。」
「そ、そうだな…」
芳に怒られてしまった。
「時に六郎。兼了も言っていたが、安養寺周辺の復興はかなり進んだ。それにはお前が進めた事業も大きな助けになったと聞いている。この長職、礼を言うぞ。」
「そ、それは勿体なき御言葉…!」
僕の言葉を聞いた長岡六郎がさっと姿勢を正した。
このあたり、何だかんだしっかりした男だ。
育ちの良さが見えるな。
「そういえば六郎さまは未亡人や孤児を集めた手工業の工房を整備されたようですね。」
芳は松風丸の頭を撫でながら口を挟んで来た。
「左様で。先の加賀一向一揆との戦で家族を失った者の生活を守るため、その者らが働ける場を整備致しました。そこで製造した品をこのあたりの名産として、今では氷見の狩野殿の販路で他国へも販売しておりまする。」
前にも述べたが安養寺の辺りでは長岡六郎の発案で戦で夫を失った未亡人、父親を失った子供の中で手に職を付けられるような年齢の者達を集めて和紙やそれを使った工芸品の生産を開始していた。
この事業はもう二年半を超えるものになり、その生産物は他国での評判も中々良いものだった。
「そうですか。越中の女性や子供たちのことを気にかけてくださり、わたしからも御礼を言わせていただきます。ありがとうございます。」
芳が頭を下げた。
我が愛妻も少しずつ大人になってきた気がするな。
「お、御方様からそのようなお言葉を掛けていただけるとは…」
六郎はいたく感激したようだ。
何で我が家臣達は僕より妻の言葉を嬉しがるんだ…?
「お、おほん。…それで俺としてもお前のここまでの貢献に報いて褒美を取らそうと思うのだが、何か欲しいものは無いか?」
「欲しいもの…? うーん。」
六郎が腕を組みながら唸った。
「知行地が欲しいと言うのであれば少しならば…」
「いや、今のところ要らないかな。」
「要らんのか?」
「おれみたいな郎党もおらぬ若造が領地を貰っても、維持が出来ぬよ。」
え、要らないの?
まぁそう言えば六郎は身一つで越中に下ってきたんだったな。
「ならば他に何か無いか?」
「うーん、今のところ思いつかないが、そうだな。」
六郎が膝をぽんと叩いた。
「適当な時期で良いので、おれに良き女子を紹介してくれないか?」
「お、女子だって?」
「真剣な話なんだよ。安養寺は浄土真宗の寺だから肉食妻帯が出来ないし女子がおらぬわけじゃないが、皆おれのことを可愛がってくるだけなんだよ。」
六郎がよよよ、って感じで袖で口元を隠した。
…そう言うところだぞ?
まだ若い美少年がそういう仕草をしたら、年上の女性たちの母性本能がくすぐられるというものだ。
こいつめ、十二歳そこそこで色気づきやがって。
「…言いたい事は分かるが。」
「家柄等どうでも良いからな。対等に話せる相方が欲しいものよ。」
「…まぁ、善処しよう。」
六郎は家柄は気にせぬと言っていたが、流石に名門の出の者に怪しげな人物は紹介できまい。
帰ったら総光あたりに相談してみるとしようか。
「あ、それともう一つ良いかな?」
「何だ? 内容によるな。」
「これは可能であれば、だがおれも郎党となる者が欲しい。さすれば更なる手柄を立てられるかもしれないからな。」
ああ、それはそうだな。
僕も狩野屋伝兵衛や狩野職信がいたから少しずつ前に進めたと言うものだ。
それもそのうち考えてあげるとしよう。
長岡六郎はやはり優秀な人間でした!