第百話
一五二六年十一月 越中安養寺城
秋のよそおいも深くなり徐々に気温が下がり始めたある日、僕は越中砺波郡安養寺城を訪れていた。
…ここはかつては安養寺御坊と呼んでいたが元々堀や土塁などに囲まれていた寺院であったこともあり、いざと言う時に防衛施設として使用できる様に整備したため、安養寺城と呼称することにしていた。
「きゃっきゃ!」
今日は我が愛息の松風丸、そして愛妻の芳も一緒だ。
政治活動に妻子が同行すると言うのは他の国ではあまり見られない事なのだろうが、我が神保家中においてはそれほど奇異なものでは無かった。
我が愛息は細川、もとい、長岡六郎と庭で遊んでいた。
ニコニコしながらそれに応える長岡六郎は松風丸の良き兄のようだ。
妻の芳はその様子を優しい眼差しで見守っていた。
「これはこれは、若様は今日もお元気でらっしゃいますな。」
「おお、実悟殿。久しいな。」
「は。御屋形様へ中々ご挨拶にも伺えず大変申し訳ございませぬ。」
越中における浄土真宗の指導者である実悟が広間に入ってきた。
「いやいや構わぬよ。…それで俺に何か頼みがあるとか?」
「はい、それでありますが…」
実悟がさっと姿勢を正した。
「拙僧が甥であった実玄殿、いえ、大谷兼芸殿は生前越中の門徒を纏める為に多大な努力をして参りました。」
「うむ、そうだな。」
「その兼芸殿が示寂されてから御屋形様方のご協力を賜りながら門徒一丸となってここまで参りましたが、ようやく安養寺領周辺の復興も形になり御屋形様のお役に立てる体制が整いましてございます。」
「ああ、平長光や長岡六郎からも聞いておる。」
「安養寺衆、御屋形様へお力添えさせていただきたく考えておりまする。」
「ふぅむ。」
加賀一向一揆の侵攻以後、安養寺周辺の門徒には自らの復興を遂げてもらうべく色々と便宜を図ってきた。
「そこで御屋形様へのお願いでございます。現状安養寺衆は僧兵組織としての指導者が不在でございました。さすれば拙僧が兼芸殿の跡を継ぎ、大谷家を再興したく、御許しをいただけませぬでしょうか?」
「…御坊がか?」
「はい。」
正直安養寺衆が神保家の従属組織の一部としてある程度自立してくれるのならありがたい。
大谷兼芸は良くも悪くもそれを為してくれていたからな。
…ただしそれはあくまでも我が配下として、だ。
「…それは良き事であると思うが、それには兼芸と結んでいた盟約と守って貰う事が必要だ。兼芸には一定の自治は認めていたが、我が神保家の指示・指導に従い、有事の際には安養寺衆は我が麾下に入ってもらう事になっていた。」
「はい。それはもちろんの事、兼芸殿の遺言に従い、安養寺衆は御屋形様が臣下としていただければと考えておりまする。」
「なるほどな。」
安養寺衆は現状で数千~一万程のの兵を動員できる状況だ。
これが配下になるのであればそれは良い事と言えるな。
「相分かった。兼芸には安養寺衆を頼むと俺も言われていたからな。実悟殿には大谷家の再興を、そして安養寺衆は我が神保家が配下となることを認めよう。」
「ありがたき幸せにございます!」
実悟が平伏した。
「うむ、面を上げよ。そう言えば実悟殿の諱は…?」
「兼了にございます。」
「ならば大谷兼了と言う事になるな。安養寺衆のこれからの働きに期待しておるぞ。」
「は。身を粉にして御屋形様の御恩に報いて参りまする。…そこで御屋形様への手土産と言うわけでは無いのですが…」
「ん…? 何かあるのか?」
「はい。隣国飛騨の門徒で大きな力を持つ国人で内ケ島雅氏と言う人物が居り申す。この内ケ島雅氏殿が使者が安養寺に参りましてな。越中国守護となられた御屋形様への会見を望んでおり、取次を願いたいとか。」
内ケ島…?
あまり聞いたことは無いな。
某ゲームでも馴染みがない気がする。
「その内ケ島殿は何用で俺に会いたいのだろう?」
実悟改め大谷兼了が言うには飛騨国と言えば京極氏が守護を務めていたのだが既にその力は無く、後に姉小路氏を名乗る三木氏や諸勢力が争いを続けているのだそうだ。
「そうすると飛騨の諸勢力の中で何かしらの主導権を握りたいと言う事だろうか?」
「それもあるかもしれませぬが、御屋形様が真宗に対しても寛容なご姿勢であられることをお聞きした故の事と申しておりました。」
「なるほどな。まあ会う事自体を断りはせぬが、俺もまだ越中国内の事業がたくさんあるからな。中々飛騨方面まで気が回らぬぞ。」
「さすれば越中国内まで内ケ島殿あるいは名代が来るのであればお会いできると返答しましょう。」
「む、それで良いのか…?」
「内ケ島殿が大きな力を持っているとはいえ御屋形様の方がはるかに国力が上にござる。へりくだる必要もありますまい。拙僧にお任せいただきたく。」
「よろしい。兼了に任せよう。」
「かしこまりましてございます。」
大谷兼了が軽く頭を下げながら答えた。
「ととさまーーー!」
その時庭から松風丸の大きな声が聞こえた。
「おお、松風丸。なんだなんだ?」
「ろくろうのおにいちゃんがね、そろそろおやすみしたいって。」
「そうかそうか。おい、六郎。お前は俺の息子の遊び相手が嫌なのか?」
「お、御屋形様。おれは朝からずっと若と遊んでいるのだぞ? さすがに疲れたよ…!」
「ははは、冗談だ。茶も貰って休むが良いぞ。松風丸、こっちに来なさい。」
松風丸がとてとてとこちらに歩いてきた。
うむ、我が愛息はとても可愛い。
仕事の話はいったんここまでとしよう。
実悟の諱は兼了で間違いないはずなのですが読み方が分からなかったので、勝手に兼了と言う事で設定しました。もし正しい読み方をご存知の方がいらっしゃれば教えてくださいませ。