日が落ちるまで 前編
ザワリ
パチパチと鳴り響く拍手の中、ヒソヒソと話す声が聞こえる。
小声だし拍手の音でほとんど聞こえないけれど、私を見て「あの子が始祖の再来なのか?」みたいなことを話しているみたいだった。
信じられないと驚いているというより、ただただ不思議がられている様に感じる。
見られている状態に緊張するけれど、顔には笑顔を張り付けて進んだ。
愛良と共に一段高くなっている舞台に立つと、パーティーの進行を任されているらしき人がマイクを片手に話し出した。
「皆様、ご紹介いたします。まずは“花嫁”である香月愛良様」
名前を呼ばれて愛良が笑顔でペコリとお辞儀する。
緊張しているみたいでちょっとぎこちなかったけれど、これはこれで愛嬌があって可愛いと思う。
「愛良様はこの度赤井零士と血婚の儀式を行い、契約を果たしました」
説明に拍手が鳴る。
ひとしきり鳴り終えると、「そして」とわずかに緊張した声が私の紹介を始めた。
「そして彼女の姉である香月聖良様」
私はゆっくりお辞儀をする。
和装だし、出来る限り綺麗に見えるよう頑張った。
「この方は特殊な事情により“花嫁”と同等の血を持つことになり、その後紆余曲折あって純血種の血を入れられ吸血鬼となりました」
特殊な事情とか、紆余曲折あってとか、かなりぼかしてるなぁと思いながら説明を聞く。
まあ、詳しく話すわけにもいかないし話すと長くなっちゃうもんね。
「そして、“花嫁”と純血種の血が混ざりあったことで、このお方は始祖の再来となりえる存在となりました」
ザワリと、拍手よりも話し声の方が大きくなる。
「聞いてはいたが、何があってそんなことに?」
「本当に始祖の再来なの? 見た目は普通の吸血鬼にしか見えないわ」
騒がしい中にもそんな声が聞こえた。
まあ、疑問はごもっとも。
始祖になりえるなんて言われたけれど、それは朔夜さんが言っただけだし。
私も始祖としての力である欠けた球体が自分の中に取り込まれたのは分かったけれど、だからと言って何かが変わったようには思えなかった。
……まあ、寿命にも変化はなさそうだから私は良かったんだけれど。
騒ぎが少し落ち着くと進行役の人が今度は嘉輪を紹介し、彼女が朔夜さんの言葉を伝えた。
純血種の嘉輪が言うことで真実味が出たのか、純血種が言うならそうなんだろうという雰囲気になる。
そうして挨拶がはじまった。
一応メインは私なんだけれど、愛良も隣で一緒に挨拶を受けている。
疲れるだろうし、無理にいなくてもいいんじゃない? と言ってみたけど、愛良は頑なに「お姉ちゃんの近くにいる」と言い張った。
心強いけれど、心配にもなるから「無理だけはしないでね」と伝えておく。
はじめの挨拶は赤井家の人達だった。
主に愛良に対しては零士を選んでくれてありがとうという感じで、私に対しては親戚となるのだからよろしく、みたいに含みを持たせたような言い方をされる。
なんて言うか……古狸ってこういう感じの人のことを言うのかな?って思った。
そうして私を始祖の再来ともてはやす何人かの挨拶を終えて、まだまだ先は長そうだとうんざりしてきたころ。
薄茶の長い髪を後ろに一つにまとめた和装の男性が挨拶に来た。
他の当主の人達と違って若い。
二十代くらいなんじゃないかな?
優し気な笑みを浮かべて近付いてきたその人を見て、隣の愛良がヒュッと息を呑むのが分かった。
「愛良?……もしかしてこの人が?」
小声で聞くと、小さな頷きが返ってくる。
そうか、この人が月原家の当主なんだ……。
「初めまして、聖良様。私は月原伊織と申します。……愛良さんはお久しぶりですね」
表情は優し気だけれど、その目に得体の知れない昏い色が見えて思わず愛良をかばう様に少し前に出た。
でもそれは零士も同じだったようで、二人で愛良の前に立つような感じになってしまう。
「おやおや、まるでナイトですね」
クスクスと笑う伊織は穏やかそうに見える。
「そう警戒しないでいただけませんか? “花嫁”はすでに契約をすませた。ですからもう手を出すようなことはないですよ?」
彼は柔らかな笑顔を浮かべてそう言うけれど……。
この人はそう言って他の吸血鬼やハンター協会の人達の非難と追及を逃れているんだと聞いた。
やっぱり油断は出来ない。
「……あなたも久しぶりですね、岸」
伊織の視線が私達から永人へと移る。
「“唯一”と共にあることが出来て良かったね。羨ましいよ」
その眼差しと言葉は祝福している様にも見えて、どこか嫉妬じみたものも感じる。
……そういえば、彼とシェリーも“唯一”同士なんだっけ?
ふと、そのことを思い出した。
「……こいつには手ぇ出させねぇぞ?」
低く、唸るような永人の言葉も伊織は微笑みで受け流す。
「君は相変わらずだね。……まあ、よしなに頼むよ」
そう言って伊織は去っていった。
一見穏やかに挨拶は終わった様にも見えるけれど、何故か胸はザワつく。
警戒は続けるべきだと再確認した気分だった。
その後も挨拶は続き、もはや笑顔が引き攣ってくる。
海外から来たという吸血鬼達は通訳を介すから時間もかかるし。
でもそんな挨拶だけで時間がかかった分、日が落ちるまではあと少しという頃合いになる。
新月が上昇の月という吸血鬼は本当に少ないらしい。
だから、今夜が上昇の月である私と永人には有利に働くはず。
チラリと窓の外を見ると、空は赤く染まっている。
闇の色も入り混じってきていて、夜が近い事が分かった。
これなら挨拶が終わる頃には日が暮れているかな、と軽く安堵した頃。
「あ、あれ?……何だか、ふらつくような……?」
はじめに愛良が体を揺らして倒れた。
「愛良⁉」
すぐに零士が受け止めたからどこかにぶつけたりはしなかったけれど、そのまま起き上がることが出来ないみたいでもたれかかっている。
「お、ねぇちゃ……何か、おかしい……気をつけ、て」
「愛良!」
言い終えると、愛良はぐったりと零士の腕に体を預けた。
一応目は半分開いているし、辛そうだけれど呼吸もしている。
意識はあるみたいだけれど、話すことも出来ないくらい辛いみたいだった。
一体何が……?
そう考えている間にも会場中で倒れる人が続出する。
突然倒れるというよりは、ふらついて膝をつき、そのままくずおれるような感じ。
嘉輪も正輝君と一緒に倒れるところが見えた。
「嘉輪⁉」
状況に、すぐに月原家当主の伊織の関与を疑う。
彼の姿を探したけれど、ぱっと見会場の中にはいない。
もしかしたら何か会場に仕込んであったんじゃあ……。
その考えが頭を過ぎると、零士も倒れてしまう。
「う……くそっ」
悪態をつくけれど、体は動かせないみたいだった。
「聖良っ! 会場を出るぞ!」
余裕なんて欠片もない様子で永人が私の腕を掴んで引く。
「で、でもみんながっ」
一応引かれるままに足を動かしたけれど、みんなが――愛良が心配だった。
「心配しなくても多分大丈夫だ。これは月原家の薬だろうからな」
私の腕を引き、倒れる人達を避けながら永人は説明してくれる。
「無味無臭で、意識が朦朧として動けなくなる便利な薬があるってのは聞いたことがある。思い通りにいかないやつを大人しくさせるのに使ってるってな」
「それって……」
以前愛良に教えてもらった薬のことなんじゃあ。
確か愛良は連れ去られた後、逃げ出さない様にその薬を飲まされそうになったと言っていたんじゃなかった?
「霧状にして相手に気付かれない様に吸い込ませることも出来ると言っていた気がする。多分今はそうやって――っく!」
歩きながら永人にもその薬が効いてきてしまったんだろうか。
ふらついて、そのまま倒れそうになるのをこらえていた。
「永人!」
辛そうな永人を支えようとその背中に手を置いたと同時に、私もクラッと目の前が揺れる。
「あ……」
永人を支えるどころか一緒に膝をついてしまう。
もうすぐ出入口だというところで、私と永人は朦朧とする意識を保とうとするので精一杯だった。
「ッチ……効くか分からねぇが……」
辛そうにしながらも永人はジャケットの内ポケットから何かを取り出す。
小瓶に何かの液体が入っているのを見て、「これは?」と聞いた。
「確実なものじゃねぇが、鬼塚に協力してもらって中和剤を作ってみた。少しでも効けばいいんだが……」
そうして小瓶の蓋を開けようとしたところで、目の前の出入り口のドアが開く。
そこから入ってきたのは――。
「おや、出入り口まで来てくれていたとは……少し手間が省けましたね」
先ほどと変わらず優しそうな笑みを浮かべていた伊織だった。




