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妹が吸血鬼の花嫁になりました。  作者: 緋村 燐
7.それぞれの決意
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月のない夜に 前編

 ポカポカになった私は不満顔でシャワールームから出た。


 キスマーク、つけられても良いなんて思うんじゃなかったと今物凄く後悔している。



 だって、この沢山のキスマークがあるせいで地下の温泉に入れないんだもの!



 永人は見せつければ良いなんて言うけれど、一つならともかくこれほどあるのは……。


 見えない所ならって言って、胸元だけじゃなく肩にまであるし……。



 いくつあるんだろうって数えようとしてやめた。


 以前沢山つけられたときより多い気がしたから。



 今度からは絶対に一つだけにしてもらわなきゃ。


 いざそのときになったら止められるかは自信がないけれど、私はそう決意してランドリー室からも出た。


「あ……」


「あ、聖良さん」


 すると温泉帰りだろうか。

 エレベーターから丁度弓月先輩が降りて来たところに鉢合わせする。



「こんばんは、弓月先輩」


「ええ、こんばんは」


 挨拶を返してくれた弓月先輩は笑顔だけれど、どことなく遠慮している様に見える。



 私がH生に襲われた事件のときから弓月先輩はずっとこんな感じ。


 会っても申し訳なさそうに挨拶を交わしては、「じゃあ」とそのまま別れてしまう。



 でも、今日は珍しく話しかけられた。


「……下で愛良さん達と会ったわ。聖良さんは珍しくシャワーなのね?」


「あ、はい」


 短く返事をして数十分前のことを思い出す。



 愛良は瑠希ちゃんや嘉輪と温泉に行った。


 もちろんいつもは私も一緒に行ってるから、「お姉ちゃん行かないの⁉」ってすごく驚かれたけれど。


 月のものだって嘘をついて誤魔化した。



 弓月先輩は私が何か言わなくてもそういう風に察してくれたのか、私だけ温泉に行かなかったことに対してはそれ以上突っ込んで聞かれずにすむ。


「……」

「……」


 でも別れて歩き出そうとするわけでもなく黙り、私もどうしていいのか分からずただ黙った。



 何か話した方がいいのかな……?

 でもすぐに丁度いい話題なんて思いつかない。


 ここは私の方が断りを入れて別れるところなのかな?


 そう思い始めた頃、弓月先輩がポツリと言葉を口にした。



「ねぇ、聖良さん。……あなた今幸せ?」


「え?」


「私達H生は色んな意味であなたを振り回しちゃったから……」


「弓月先輩……」



 やっぱり、というか。

 責任感の強い弓月先輩は当然のように気にしていた。


「……弓月先輩のせいじゃないですよ?」


 一番酷いことをされたのは、一部のH生男子だ。


 弓月先輩がそこまで気に病むことじゃないと思う。



 でも責任感が強いからこそ、私が許しても自分で自分が許せないんだろう。


「私にも責任はあるわ。それに、デートと称して護衛の練習したときだって、あれは結局私達H生の自己満足と変わりないことだったし……」


 そう言って彼女は結局自分を責めた。



 何を言っても気にしてしまう弓月先輩に、もはや何も言えない。


 でもそうやって困る私に、弓月先輩はもう一度先程の質問をした。


「だから、聞きたいの。……聖良さんは、今幸せ? 好きな人と一緒にいることは出来るようになったけれど、吸血鬼になってしまって大変なことも多いでしょう?」


「まあ……」


 大変と言えば大変だよね、と思いながら頷く。


 特に始祖の力に関しては未知すぎて、どうしたって不安は出てくる。



 でも、そうだな……。



「幸せ、ですよ」


 吸血鬼になってしまったことにはどうしてかあまり抵抗はない。


 多分、嘉輪や他のV生の人達とも関わっていたからだと思う。


 血を飲んだり、身体能力が高かったりと人間と違うことはあるけれど、人そのものは何ら変わりない。


 みんな、年相応の私と同じ学生だった。



 それに、今の吸血鬼は純血種以外寿命が人間とあまり変わらないっていうのも大きいと思う。


 両親や愛良達、大切な人達の死を見送って尚長い時を生きなきゃならないなんてことはないだろうから。



 始祖の力が解放されたとき、寿命にも変化が出ないか。

 今はそれが一番心配だった。


 とはいえ、やっぱり今の自分は幸せだと思う。



 他の何を犠牲にしても共にいたいと思える相手がそばにいる。


 応援してくれる人達もいる。


 元婚約者候補の人達、田神先生を含めた彼らにも理解を得られた。



 それを思うと、愛しさと感謝が優しく溢れてくる。



 だから……。


「……うん、幸せですよ」


 自信を持ってその言葉をもう一度口にした。



「そう……良かった」


 すると、弓月先輩の表情から申し訳なさが消える。


 心から良かったというような微笑みだった。



「なら、私も応援するわ。色々と振り回してしまった分、あなたの幸せを守りたいと思う」


「弓月先輩……ありがとうございます」


 気にしなくていいのに、とも思った。


 でもどうしても気にしてしまって、私を応援することで……幸せを守ることで彼女が申し訳なさから解放されるならそれでいいのかもしれない。


 何より、応援してもらえるならやっぱり嬉しい。



 だから、ただお礼を言った。



 そうしてホンワカした雰囲気になると、弓月先輩が少しからかうような口調で話し出す。


「それにしても、幸せだからなのかしらね? 今日の聖良さんは一段と綺麗に見えるわ」


「えー? もう、からかわないでくださいよ」



 一応外見が美少女らしいから、可愛いと言われることはたまにある。

 ……まあ、ほとんどお世辞だと思っていたけれど。


 でも綺麗なんて言われたことはないから、からかわれていると分かっていてもちょっと照れる。


「ふふ、バレちゃった?」


 おどけて言う弓月先輩にホッとする。


 ギクシャクした雰囲気にはもうならないと確信出来たから。



 そうやって二人で小さく笑い合ってから、弓月先輩は「でも」と口を開く。


「本当に今日はいつもより綺麗だと思うわ。見た瞬間にハッとしたもの」


「え?」


「見惚れてしまいそうなくらい綺麗で、そんな綺麗なあなたとまたこうして話せるようになりたいなって思うくらいに」


「そう、なんですか……?」



 そんな突然綺麗になるような何かをした覚えがなくて首を傾げる。


 すると私ではなく弓月先輩が一つの可能性に気付いた。



「ああ、聖良さんの上昇(じょうしょう)の月が今夜なのかしらね?」


「上昇の月?」


 聞いたことのない名称に言葉を繰り返して聞く。



「上昇の月っていうのは吸血鬼の力を上げる月夜のことよ。聞いたことないかしら? 吸血鬼は月の力でパワーアップするって」


「ああ、そう言えば……」


 以前、有香達とのお別れ会の準備中に聞いた気がする。


 そして、そのお別れ会の事件のときにパワーアップした状態の嘉輪も見た。



 強くて、いつも以上に綺麗な姿。


 まさしく“純血の姫”と言えそうなあの姿は、今思い出しても惚れ惚れする。


 あのときの嘉輪と同じ状態になっているってこと?


 流石に純血種の嘉輪ほどでは無いと思うけど。



「満月が上昇の月だっていう吸血鬼が多いけれど、聖良さんはどうなのかしら? 確か満月では無かったと思うけれど……」


「そうですね。どっちかっていうと欠けていってた気がしますし……」


 なんて話をしてから、湯冷めするといけないしと言って弓月先輩と別れた。



***


 部屋に戻ると電気をつけずに真っ先に窓の方へ向かった。


 スマホで調べた方がちゃんとした月齢とかも分かるんだろうけれど、まずは直にこの目で今日の月を確認したかったから。



 でも、ぱっと見月は見当たらない。


 位置的に見えないだけかな? と思って窓を開けて身を乗り出すけれど、やっぱり見えない。


 それどころか月が出ているのかと疑問に思えるほど暗くて……。



 もしかして、と思ってスマホで確認してみる。


「あ、やっぱり。今日は新月なんだ」


 月齢が一回りして、また新しい月の始まり。


 一日目の月って意味で、朔月(さくづき)ともいう。



 始まりの月。


 光を反射しないその月が、私の上昇の月ってことか。



「……なんか、映えないね」


 ポツリと一人ごちる。


 月の力でパワーアップした吸血鬼と言うと、やっぱり嘉輪の姿が思い浮かぶ。


 煌々と明るい満月の光の下、とても美しく強くなった嘉輪。


 あんな綺麗でカッコイイ状態の嘉輪が満月を背にしたら、同性でも絶対に惚れると思う。



 そう思うからこそ、全く月が見えない今日が私の上昇の月というのは何だか寂しい気がした。


「まあでも、自分で決められるわけじゃないみたいだし、仕方ないよね?」


 呟きながらまた窓に手を掛ける。


 このままだと夜風に当てられて本当に湯冷めしてしまう。


 そう思って窓を閉めようとすると。



「――聖良」


「え?」


 突然名を呼ばれてキョロキョロと辺りを見渡した。



 今、外の方から聞こえたよね?


 でも待って、ここ八階だよね?



「こっちだ」


 下ばかり探していた私に、もう少し上の方――この部屋から一番近い高木のてっぺんあたりからまた声が掛けられた。


 永人の声だ。


 そう確信して声に目を向けた途端、言葉を失う。



 そこには普段より妖艶さが増したような彼が、蠱惑的な笑みを浮かべて木の枝の上に立っていたから。


 ドクン、と鼓動がひと際大きく鳴り、目を見開く。


 ここ以外の部屋の明かりでぼんやり浮かび上がった姿に、魅せられる。


 まるで永人自身が月だとでもいうように、僅かな光源を受けて光って見えた。


 そんな彼が、眩しそうに目を細めて「やっぱりな」と呟く。



「お前の上昇の月も今夜だったか。……綺麗だな」


「っ! 永人も、なんだね……」


 そういえばこの間言っていたっけ。


 永人が力を増すのは新月の日だって。



 今の、いつも以上に魅力的な永人の姿がそれを物語っていた。



 永人には、私がどんな風に見えているんだろう?


 綺麗だと言ってくれたけれど……。



「ああ、俺もだ。……人間から吸血鬼になった場合は、血を入れられた日の月になりやすいって聞いたからな」


「そうなんだ……」


 言葉を交わしながらもつい見惚れてしまう。



 少し赤っぽい焦げ茶の髪が夜風に揺れる。


 少し強い風に彼の切れ長な目が細められた。


 でも、その中にある黒曜石のような黒い瞳はずっと私だけを見つめている。



 そばに行きたい。

 彼に触れたい。


 そんな欲求が自然と沸き上がった。



 それでも言葉には出していなかったのに、表情にでも出ていたんだろうか?


 永人は片手を上げて私を誘う。



「来いよ、聖良」


「え……」


「俺がそっちに行ってもいいけどよぉ……。今お前の部屋に入ったら、多分我慢きかねぇから」


「っ!」


 何の我慢か、なんて……聞かなくても分かってしまう。


 今の私自身、永人を求めているから。


 永人も同じだというなら、きっとそういうことだろう。



 ……来ても良いのに。



 と、一瞬思いかけてハッとする。



 ダメ! ダメに決まってるでしょう⁉


 もう少ししたら愛良が部屋に戻ってきちゃうし。


 そこまで壁は薄くないけど、私の他に誰かがいるってことくらいは気付かれてしまう。



 愛良が聞き耳を立てるなんてはしたないマネするわけがないけれど、聞かれる可能性がある時点で絶対ダメだ。


 第一、女子寮に男が入る時点で規約違反だし……。



 永人はそんな私の思いを考慮してくれたんだろう。


 だからこっちに来ると言わない。



「だからよぉ聖良。お前がこっちに来いよ」


 だから、月のない夜の中へ妖しく誘う。


 そして彼のそばに行きたいと思っている私は、その(いざな)いを断ることなんて出来なかった。

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