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妹が吸血鬼の花嫁になりました。  作者: 緋村 燐
5.それぞれの思惑と別れ
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H生と“花嫁” 後編

「んーーー!」


 産むわけないでしょうがーーー!!



 位置さえあっていれば、そのまま頭突きでもしているところだった。


 でも彼の頭は私の横にあったし、その後すぐに届かない位置まで離れてしまう。



 だから代わりに睨みつける。



 この状況で好きだなんて言葉信じられるわけがないし、当然ながら鬼塚先輩の子供なんて産む気は無い。


 というか、まずそのための行為をするつもりもない。



 私の睨みを受け止めた鬼塚先輩は、フッと笑う。


「ま、そりゃ嫌だよな?」


「?」


 その表情は、私をあざ笑うようなものではなくて……。


 どちらかと言うと、仕方ないよなという諦めと悲しみの表情。


「おい! 鬼塚、何やって――グフッ!」


 なかなか進めようとしない鬼塚先輩にしびれを切らしたのか、またさっきのH生が非難の声を上げようとする。


 でも、最後まで言い切る前にその顔に鬼塚先輩の拳が入った。



「な……鬼塚⁉」


 私の手足を押さえつけている他のH生達も驚いているスキに鬼塚先輩に倒されていく。



 え? 何が起こって……?



 目まぐるしい状況に私もついていけない。


 さっきまで私を犯そうとしていた人が、私を押さえつけている人達を殴っている。



 その前に浮かべた鬼塚先輩の表情は、どちらかと言うと普段の顔に近かった。



 もしかして助けてくれたの……?


 少し前の無表情も覚えているからすぐには信じられないけれど、状況的には助けてくれたと見て良いのかな?



 そんな風に考えながら鬼塚先輩を見ていると、一通り倒し終わった彼に腕を強く引かれた。


「聖良、こっちだ」


 立たせようとしてくれたみたいだけれど、足に力が入らなかった私はもつれて前に倒れ込むようにへたり込んでしまう。


 でも鬼塚先輩はそんな私を叱るでもなく苦し気な表情を浮かべ、私をかばう様に他のH生との間に入った。


「……鬼塚……おまえ、裏切るのか?」


 殴られたところを痛そうにさすりながら、怒りを滲ませた声で聞かれる。


 対する鬼塚先輩は冷静な様子で言葉を返した。



「裏切る、ね……元々こうするために話に乗ったからな。裏切るも何もねぇよ」


「何だと⁉」


 彼らの問答を聞きながら私は取り合えず口に入れられた布を取った。


 やっとまともに呼吸が出来て大きく息を吐く。



「大体聖良が“花嫁”なのと、岸の“唯一”だってのは全く別のことだって言っただろ?」


「それはお前が持ってる間違った知識だろ⁉ 俺はV生から直接聞いたんだ!」


「はぁ……そうやって人の話をちゃんと聞かないからこうやって仲間のフリするしかなかったんだろうが」


 話の通じない相手に説教するのは疲れる、と疲労のため息を吐きながら鬼塚先輩は私を見た。



「悪かったな、聖良。こうしないとこいつらだけで実行して本当に乱暴されかねなかったから……」


 だから、仲間のフリをして途中までそれっぽく動いてたってことか。


 ……でも。



「じゃあ『好きだ』とかって言葉は何だったんですか?」


 あれは本当に意味が分からなかった。


 あんなことわざわざ言う必要ある?



「あれはまあ、時間稼ぎってのもあるけど……半分は本気だったからな」


「え?」


 最後の方は声が小さかったけれど、聞こえないほどじゃない。


 だからちゃんと耳には届いたんだけれど……。



「え? 本気って、好きってことがですか? え? 本当に?」


 そんなそぶりを見せたこともないのに何を言っているんだろう?


 デートの時だって一応お昼は奢ってくれたけれど、他は完全に友達や後輩といった対応だったのに。



「まあ、そういう関係になっても良いかなーと思う程度には? 嫌だって言われるのは分かってたから、変に気にするなよ?」


 あくまで信じきれない私に合わせたのか、軽い調子で話す鬼塚先輩。


 そんな感じだから、私も本気にしていいのか悪いのか分からない。



 戸惑うし困るけれど、今はそれを追求している場合じゃなかった。



「……とにかく、お前も邪魔するってことだな? 鬼塚」


 痛みもある程度治まったのか、倒されたH生達がみんな立ち上がっている。


「仕方ねぇな。じゃあ俺がやるか。外見だけは良いし、ヤる分には問題ねぇだろ」


「っひ!」


 また嘲るような眼差しを向けられる。


 でも今度はドロリとした欲望のようなものも垣間見えた。



「お前な、そういうところが一番ダメなんだって分かってるのか?」


「うるせぇよ。お前の話なんか聞くか」


 諭そうとする鬼塚先輩の言葉は彼らには届かない。


 どうしよう。


 いくら鬼塚先輩が強くても多勢に無勢だ。


 この人数差で、私を守りながらこの教室から出るのは難しいんじゃないだろうか?



「聖良、もうちょっとだから。待ってろ」


「え?」


 気が焦る私と違い、鬼塚先輩は冷静だった。



 もうちょっとって?

 待つって、何を?



 そう疑問を浮かべたとき、ドアの向こう。


 廊下の方が騒がしくなってきたことに気付いた。



 バタバタと複数人の足音が聞こえる。



「な、なんだ⁉」


 H生達はうろたえてドアの方と鬼塚先輩を交互に見ていた。



『石井⁉ 大丈夫か⁉』


 聞き覚えのある声がドアの向こうから聞こえてくる。


『正輝! 鍵は⁉』

『今開くよ!』


 そんなやり取りも聞こえて、すぐにドアが開く。



「聖良!」


 いつぞやのように、真っ先に来てくれたのは嘉輪だった。



 嬉しいし、何よりも安堵する。


 ホッと肩の力を抜いて……でも脳裏を過ぎるのは他の人の顔。


 今、本当に来て欲しかったのは……。



「お前ら、ちゃんと話を聞かせてもらうからな?」


 嘉輪の次に現れたのは田神先生だ。


 明らかに怒りが込められた目でH生達を睨む。


 そして他の婚約者候補の面々やV生らしき生徒が何人か入って来る。


 中には石井君もいたから、意識を取り戻したみたいで良かったと思った。



「聖良……大丈夫だったの? 怖い思いしてない?」


 V生に取り押さえられるH生達の間をすり抜けて嘉輪が近くに来てくれる。



「嘉輪……大、丈夫……だけどっうっ」


 男の硬い手じゃない。


 女らしい柔らかい手で背中を撫でられ、私はやっと本当の意味で安心出来た。


 涙が零れて、嘉輪に思わずしがみつく。


「聖良……っ」


 辛そうな声で名前を呼んで、嘉輪は私を抱き返してくれた。



 そんな中、H生の彼が悔し気な声を上げる。


「くっ! この! 鬼塚、お前か⁉」


 V生に押さえつけられながら彼らは鬼塚先輩を睨んだ。


「当たり前だろ? お前ら、自分が何しようとしてたのか本当に分かってんのか?」


「分かってるっつーの! 俺達はそいつを“花嫁”として狙われなくしてやろうとしてんじゃねぇか! その女の為だろ⁉」



「っ!」


 その叫びに、場の空気が凍った。


 H生達以外の誰もが彼らに冷徹(れいてつ)な目を向ける。



「な、なんだよ?」


 その意味が本当に分かっていない様で、彼らは戸惑いの声を上げていた。



「……それ、聖良が望んだか?」


 鬼塚先輩が続けて彼らを諭す。



「は?」


「本人が望んでもいないのに、お前らはこいつの純潔を奪って孕ませようとしてたんだぞ?」


「それは……」


「どんな理由であれ、お前らは紛れもなく強姦魔だよ」


「っ⁉」



 今ここに来て、彼らはやっと理解したみたいだ。


 自分達が何をしようとしていたのかを。



「っ! でも、そいつが“花嫁”である限り狙われるんだぞ⁉」


 それでも一番うるさかった彼だけは悪あがきのように叫ぶ。


 鬼塚先輩は淡々とその叫びもはね付けた。



「だから守るんだろう? ……いい加減にしろ。お前らがこんな方法を取ろうとしたのは自分達の為でしかない。“花嫁”を守る力がなかったと笑われるのが嫌だっただけだ」


「そ、れは……」


 口ごもりながらもまだ何か言い募ろうとする彼に、今度は田神先生が冷たい声で言い放った。



「何にしろ、お前達がしたことは罪だ。……ハンター協会の歴史にもちゃんと残っている。“花嫁”を吸血鬼に奪われないためにと人間のエゴだけで“花嫁”を孕ませたと」


 その“花嫁”がどうなったのか分かるか? と、田神先生は全身から冷気を漂わせる。



「っ!」


 息を呑み視線をさ迷わせたH生は分からなかったらしい。


 そんな彼に田神先生は淡々と告げた。



「無理やり純潔を奪われ、誰の子とも知れない子供を身ごもった。……世をはかなんで自殺したらしいぞ?」


「っ⁉」



 流石に本当の意味で理解したらしい。


 驚愕の表情をしたそのH生は、それきり黙ってうなだれてしまった。



 私は田神先生が言ったことが自分にも当てはまるところだったというのを知って戦慄する。


「っ!」


 抱きしめてくれている嘉輪にギュッとしがみついた。


「聖良……」


 嘉輪はそんな私の背中を撫でてくれて、覚えた恐怖が落ち着くまでそうしてくれる。



 その間にH生達は連れ出され、詳しい話を聞くためか鬼塚先輩も連れられていなくなった。


 田神先生は何か言いたそうに、心配そうに私を見てくれていたけれど、今は声を掛けない方が良いと判断したのか教室を出て行った。



 後に残ったのは私と嘉輪だけ。


 そうなってから、嘉輪はゆっくり優しく声を掛けてくれた。



「聖良……辛かったよね? でももう大丈夫だから。……もう、あんなこと二度とされない様にするから」


 私が落ち着くように、言葉を選んでくれている様に話す嘉輪。


 でも、そうじゃない。


 襲われたことももちろん怖かったし辛い。


 でも、一番辛いのは……。



「嘉輪……辛いよ……。今、一番傍にいて欲しい人がいない……私、それが一番辛いよっ……」


 嘉輪にしがみつきながら、思うのは別の相手。



 来れるわけがないのは分かってる。


 でも、求めてしまう。


 こんなときほど、あいつにそばにいて欲しいのに……。



 強引なくらいに抱き締めて、私は自分のものだって独占欲丸出しにして……。


 そして、怖さも忘れるくらいあいつでいっぱいにしてほしい。


 岸……。


 どうして今この時にいてくれないの……。



 来れないのは分かっていても、そんな思いはなくなってくれない。


 岸を求めてしまう。



「っごめんね、嘉輪。……嘉輪がいてくれてるのにっ、うっうぅ……」


 岸のことを言ったって、嘉輪を困らせるだけだ。


 それに今傍にいてくれてる嘉輪にも悪い。



 そう思って謝ったけれど、嘉輪は気にしなくていいと言ってくれる。


「いいの、いいのよ聖良。分かってるから……」


 辛そうな表情でそう言ってさらに泣き出す私をずっとなだめてくれた。




 ごめんね、嘉輪。

 そして、ありがとう。

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