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妹が吸血鬼の花嫁になりました。  作者: 緋村 燐
3.狙われる花嫁達
34/85

月夜の闘争

「忍野君? 何で?」


 私の呟きは冷たい風に消され、誰にも届くことはなかった。



 代わりに、岸が不機嫌に反応する。


「なんだぁ? てめぇは」


「お、お前、香月を離せよ!」


 忍野君は怖がりながらもそう言って近付いて来た。



「こいつは俺のだ。離すわけねぇだろ? で? お前何なの?」


「お、俺は香月の同級生で……」


「で?」


「……いや、それだけだけど……」


「あっそ、じゃあ関係ねぇよな」


 そう会話を交わすと、岸は興味を失ったように忍野君を無視して歩き出した。



「あ、ちょっと」


 強引に引かれて少し足がもつれる。



「ま、待てよ! っくそ!」


 そう叫んだ忍野君を私は腕を引かれながらも振り返るような格好で見ていた。


 すると悪態をついた彼はポケットから何かを取り出し、一瞬の躊躇いを見せた後何かのドリンクらしいそれを飲み干した。



 忍野君の喉ぼとけが嚥下した証に上下する。


 そうして改めてこちらを向いたと思ったら――。


 次の瞬間には忍野君の姿は消えていた。



「え?」


「香月を離せよ」


 聞こえてきたのはすぐ近く。


 見ると、忍野君は私と岸の間辺りに立ち岸の腕を掴んでいた。



「な、んで……?」


 状況が理解できない。



 どうして忍野君が……。


 普通の人間のはずの忍野君が……。


 吸血鬼と同じような動きをするの……?



「てめぇ……」


「離せっつってんだろ⁉」


 叫び、忍野君は手に力を込める。



「っぐ!」


 岸の顔からは余裕の笑みがなくなり、私を掴む手の力が弱まる。


 外せる。

 そう思った瞬間に私は自分の腕を引いて岸の手から逃れた。


「香月、俺の後ろに」


 忍野君の言葉に、状況が理解出来ないまでも従う。


 少なくとも忍野君は助けに来てくれたみたいだったから。



「てめぇ、人間じゃねぇのか? 何で突然吸血鬼の気配になった?」


 得体の知れないものを見るように岸が警戒している。



 やっぱり吸血鬼なんだ。


 でもどうして?


 それに何だか……美形になってる?



 さっき何かを飲んだ後辺りから、忍野君の雰囲気が変わった。


 平々凡々といった親しみのある雰囲気だったのに、突然美しさが増した気がする。



 顔の作りが変わったわけじゃないはずだ。


 今の顔を見ても彼が忍野君だと分かるから。


 でも、ぼやけた印象だったまつ毛や唇の形がハッキリして、美形度が上がっている。



 こんな突然の変化、人間じゃあり得ない。



「……俺は……俺は、忍野(おしの)の吸血鬼」


 慎重に、忍野君は言葉を紡ぐ。


 ゆっくりと名乗りを上げた。



「人間に成りすます(すべ)を手に入れ、人という“()”に“(しのぶ)”一族だ」


「そんな一族があったとはなぁ……。でも、何で忍んでる一族がそいつを守るんだ? 全然忍んでねぇじゃねぇか」


「っそれは……」


 岸の言葉に、言いづらそうに視線を背ける忍野君。


 私と目が合うと、サッと逸らすように前を見た。



「多分……香月が()()なったのは、俺のせいだから……」


「え? どういうこと?」


 こうなったって、何?



「ふぅん……なんか色々と裏がありそうだなぁ? だけどよぉ、今はゆっくりオハナシを聞いてる暇はねぇんだわ」


 グッと、岸の体制が低くなる。



「俺の女、返してもらうぜぇ?」


 瞬間、岸の姿が見えなくなる。


 かと思ったらすぐ近くに現れた。



「っくっ!」


 私が驚く暇もなく、忍野君が私に伸ばされた岸の腕を掴み弾く。


「やるじゃねぇか」


 でも岸はまだまだ余裕で……。



 体勢を立て直したと思ったら、今度は蹴りを忍野君に食らわせた。


「くぅっ!」


 忍野君は何とか防ぐけれど辛そうだ。



 私は単純に邪魔になりそうだと感じ少しだけ二人から離れる。


 戦いは岸が優勢。


 忍野君は何て言うか……吸血鬼として力は強くなったけど戦い自体には慣れていないって感じ。



 このままじゃあ忍野君は負けるだろう。


 ただ単に負けるならともかく、ケガもしてしまうのは間違いない。


 何とか、何とかしないと!



 私は焦りを募らせながらも打開策を考えた。



 今のうちに離れて誰か助けを求めた方が良い?


 それとも、間に入って手助けした方が良いだろうか。



 後者はすぐに却下した。


 下手に入ってもケガをするだけで助けになんかなりそうにない。

 きっと邪魔になるだけだ。



 なら、助けを呼びに行くしかないだろう。



 この路地には人気がない。


 でも大通りに出れば流石に誰かはいるはずだ。



 仲間の吸血鬼がいてくれるかは分からないけれど、このまま何もしないよりは良いんじゃないかと思った。


「忍野君! 私、助け呼んでくるから!」


 黙って行ったら見捨てたみたいになってしまうから、聞こえるかどうかは分からないけれどとりあえずそう叫ぶ。


 でも、それを言って反応したのは岸の方だった。


「行かせるかよぉ! 女、聖良を止めておけ!」


 叫ぶように岸は有香に指示を出す。


「っ!」


 止められるわけにはいかない。


 幸い有香とは距離があったし、いくら岸の言いなり状態だとしても身体能力が上がったわけじゃない。



 大丈夫、逃げ切れる。



 そう思って走ったのに。


「聖良、待って!」


「っ!」


 今まで黙っていたのに、突然いつもの有香の口調で呼ばれた。


 思わず振り返ってしまう。



「聖良、お願い……助けてっ!」


 辛そうな顔で言われて、有香から逃げるのを躊躇ってしまった。


 そのせいで追いつかれる。



 でも助けを求める友達を無下には出来ない。


 それに、今の有香は正気を取り戻している様に見えたから……。



「お願い聖良」


 そうして肩を掴まれて……。



「あたしに、あの人の命令を遂行させて?」


 有香の目が、また焦点の合わないものになる。



「っ!」


 しまった!


「有香、離して!」


 叫んではみるものの、操られている有香が聞き入れることはない。


 肩を掴んでいる力も強くて、なかなか外せそうにない。



「っ香月⁉」


 忍野君の声が聞こえる。


 心配してくれている様な声だったけれど、忍野君は私より自分を心配してほしい。



 案の定、こっちに意識を向けた隙を突かれてお腹に蹴りを受けてしまった。


「ぅぐっは!」


「忍野君!」


 キマッてしまったのか、忍野君はそのままくず折れてしまう。


 大怪我になっていなければ良いけれど……。



 忍野君の心配をする私だったけれど、それこそ自分の心配をしなければならない状況だった。


 岸が私の方に歩いてきて、嫌味ったらしい笑顔を向けて言う。


「待たせたなぁ聖良。行こうぜぇ」



 悔しくて腹立たしくて、その顔を(はた)いてやりたいと思った。


 その嫌味な笑顔を歪ませてやりたいって。



 でも、私が何かをする前に岸の目が見開き、驚愕の表情となる。


「え?」


 何があったのかと思うより先に、目の前に黒が舞い降りた。



 サラサラと舞い踊るそれは、私に近付くと肩から有香の腕を外し優しく抱きしめてくれる。


「遅くなってごめん」


 耳元で悔し気に囁かれた声は女性のもの。


 漆黒の美しい友人は、私に安らぎを与えてくれる。



「いいの。来てくれてありがとう、嘉輪」


 友人の名を呼んで、私も抱き返した。



「……“純血の姫”……今回もてめぇが邪魔しに来るとはなぁ……」


 悔しげな岸の声が響く。


 嘉輪は私をかばう様にして岸と相対する。



「ったく、今度こそ聖良を連れて行けると思ったのによぉ……。仕方ねぇ、引き際は見極めねぇとな」


 その言葉で岸が逃げるつもりなんだと理解した。


「また逃がすとでも思ってるの? 逃がさないわよ? もう聖良に近付けさせない様にしないと」


 そして嘉輪は逃がす気なんてサラサラない、と言う。



 フゥーと長めに息を吐いた岸はヒタリと私を見据えた。


「聖良、俺は諦めねぇからなぁ? お前の首に散らした痕が俺の執着の証だ。覚えとけよ?」



 首?

 そう言えばいっぱいキスされてたような……?


 まさか!



 首に散らした痕というものが何か思い当たって、恥ずかしいやら悔しやら怒りたいやら。


 とにかく変な顔にはなっていただろう。



 でもそんな私の反応を見て満足したのか、岸は余裕の笑みを浮かべて「じゃあな」と姿を消した。


 そのすぐあと、もう一人誰かが近付いて来る足音が聞こえる。


 誰だろうと確認するより先に、嘉輪が声を上げた。


「正輝! 遅いよ」


「ごめん、でも今の嘉輪に追いつくのは……流石に無理だから」


 近くに来た正輝君が息を切らしながらそう言った。


 でも嘉輪はそんな正輝君に素早く指示を出す。



「正輝は聖良を守ってて。私はあいつを捕まえる!」


 そう言って今にも行ってしまいそうな嘉輪を私は(そで)を掴んで引き留めた。



「待って! あいつより愛良を助けて!」


 私を心配そうな目で見ながら連れ去られて行ってしまった愛良。


 私のところに他の護衛じゃなくて嘉輪が来たということは、他の護衛の人達は動けない状態なんじゃないだろうか。



 私より愛良を優先してるって可能性もあるけれど、助けに行っているか分からない護衛を当てには出来ない。



 岸は去っていった。


 私の危険は一先(ひとま)ず去ったと言っても良いだろう。


 それに正輝君が護衛としてついていてくれるならあとは大丈夫なはずだ。



 だから、嘉輪には愛良を助けに行ってほしい。


「愛良ちゃんのところには鏡が行ってるわ、少しなら時間を稼げる。その前にあいつを捕まえておいた方が今後の心配が少なくなると思うんだけど……聖良はどうしたい?」


 そう語る嘉輪には少しの焦りが(うかが)える。


 瑠希ちゃんの話のところで目が泳いだから、きっと瑠希ちゃんがもつかどうか不安があるんだろう。



 岸を捕まえて今後の(うれ)いを払いたいって気持ちもある。


 でも、愛良が危険だというなら選択肢は決まっていた。



「それでも愛良をお願い!」


 キッパリと言った私に嘉輪は諦めがついたみたいだ。


 一度フッと肩の力を抜いて、仕切りなおす。


「分かったわ。愛良ちゃんのところに行く」


 月明りの下、いつも以上に美しく見える嘉輪が強さを(たた)えた笑顔でそう言った。



 頼もしかったけれど、嘉輪一人に任せていいものかと不安にもなる。


 嘉輪は強いと聞いていたし、岸も戦わずして逃げ出すくらいなんだから心配はいらないのかもしれないけれど……。



「でも、嘉輪一人で大丈夫?」


 私から離れて愛良のところへ向かおうとする嘉輪のことが急に心配になってそう声をかける。


 そんな私に、嘉輪は不安なんて微塵も感じさせない笑顔で答えた。



「大丈夫。私は新年を寿(ことほ)()き日、月輪(げつりん)の夜に生まれた“純血の姫”よ? この満月の夜の日に私に敵う相手なんてそういないわ」


 そう告げた嘉輪はとてもカッコよくて、彼女が男だったら絶対惚れてたなって思った。



 嘉輪は頼もしい笑顔を浮かべると、(わず)かな風だけを残してこの場から消える。




 残された私は嘉輪の笑顔の余韻に浸っていたけれど、少し離れた所からうめき声が聞こえてハッとした。


 そうだ、忍野君!



 操られて今は無表情で突っ立っている有香も心配だったけれど、明らかにケガをしたであろう忍野君の方を先に何とかしなければならないだろう。


 正輝君を連れて忍野君の元へと小走りで向かう。



「忍野君! 大丈夫なの⁉」


 地面にうずくまっていた忍野君は、私達が近付くとゆっくり起きて立ち上がった。



「いててて……」


 お腹を押さえているから、まだ痛みはあるみたいだ。



「ああ、まだ痛いけど多分大丈夫。……吸血鬼って、ケガの治りも早いんだな……」


 少し悲しそうに呟く忍野君。


 そんな彼を問い詰めるのは気が引けたけれど、聞かなきゃならないことがたくさんある。


 でも何から聞けばいいのかと迷っていると、正輝君が先に口をはさんできた。


「聖良さん、彼は?」


「あ、前の学校の同級生なんだけど……」



 今の状況で見知らぬ相手を警戒するのは当然だ。


 けれど忍野君は大丈夫だとちゃんと紹介しようとして、途中で言葉が宙をさまよう。



 前の学校の同級生ということは人間であるはずだ。


 実際、私の知る忍野君は人間離れしたところなんてなかったはず。


 でも――。



「前の学校の? でも彼は吸血鬼だよね?」


 吸血鬼がいたなんて話は聞いてなかったけれど、と正輝君は訝しむ。



 そう。

 今の忍野君はどう考えても吸血鬼だった。



「忍野君、どういうことか説明してくれる? どうして突然吸血鬼になったの?」


「それは……」


「あたしが()()なったのは忍野君のせいって言ってたけど、こうなったって何? 忍野君が何かしたの?」


「……ごめん」


 私の質問に忍野君は辛そうに謝るだけで、話してはくれない。


 だから聞き方を変えることにした。



「今は話せない? 後からなら、ちゃんと話してくれる?」


「……ああ。……話さなきゃならないと思うし」


 ずっとうつ向いたままだけれど、忍野君はちゃんと話すと言ってくれた。


 なら、今無理に聞き出すことはしないでおこう。



「分かった」


 私は理解を示し、そして力を抜いて笑顔を向けた。



「じゃあ小難しい話は後にして、とりあえずは……助けに来てくれてありがとね、忍野君」


 まだちゃんとお礼を言っていなかったと思いそう口にする。


 どんな事情があるにしろ、助けようとしてくれたのは事実なんだから。


「香月……」


 やっと顔を上げた忍野君は、泣き笑いみたいに顔をくしゃっとする。


 その目が少し下に向いたと思ったら、忍野君はそのまま硬直してしまった。



「……ん? 何?」


「こ、づき……その、首にあの……」


 忍野君の顔が暗がりでも分かるほどにどんどん赤くなり目がものすごく泳いでいる。



「首?……っ!」


 忍野君が赤くなった理由が分かって、思わず両手で首周りを隠す。


 自分で見た分には鎖骨辺りに一つか二つくらいしか見えなかったけれど、忍野君の反応を見る辺りかなりの数がある様だ。



 な、何か隠すものなかったっけ?



 と慌てていると、正輝君が自分のスカーフを取ってふわりと巻いてくれる。


「ごめん、あえて触れない方が良いかと思ったんだけど……見られる方が嫌だったよな」


 気まずそうに言う正輝君に、私はその通りだよと思った。



 気付いてたんならもっと早くスカーフ貸してよね!



 そうすれば少なくとも忍野君にまでは見られることはなかったのに……。


 うう……何もかも全部岸が悪いんだ!


 あいつ、今度会ったら絶対ぶん殴ってやる!



 そう決意するとともに、何か格闘技を習った方が良いかなと考え始めていた。

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