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克服と恋心

 田神先生に頑張ると宣言してから、私は婚約者候補のみんなに協力してもらって克服するために奮闘した。


 と言っても、主に協力してもらったのは石井君なんだけれど。



「じゃあ、お願い!」


「ああ」


 いつもの会議室。

 二人だけでそんなやり取りをして、石井君は私の腕を掴んだ。


 しばらくそのままでいて拒絶反応は起こさないことを確認すると、「次行くぞ」と断りを入れられて今度は軽く抱き締められる。



「っ!」


 恐怖とは関係なく、普通に恥ずかしくて息を呑む。

 こんな風に異性に抱きしめられたことなんて今までなかったことだから。


 でも今は既に三回目。

 克服のためにしていることで、変な意味合いはない抱擁だ。


 流石に少しは慣れてきたこともあって、恥ずかしさから来る緊張は比較的早く収まってくれた。



「……どうだ? これが大丈夫なら護衛する分には問題ないと思うが……」


「うん……」


 じっとそのままでいて、様子をみる。


 女とは違う石井君の硬い腕。

 その硬さと力強さには確かに男を感じた。


 二回目のときはまだ、しばらくすると手が小刻みに震えていたんだけれど、今回は中々その震えは来ない。




「……大丈夫、かも?」


 そう呟いてからたっぷり十秒ほど待ってみても特に反応はない。



「……大丈夫、みたいだな?」


 石井君もそう呟いて、ゆっくり私を離してくれた。



 目を合わせて聞いてみる。


「これって、克服したってことかな?」


「そう言ってもいいんじゃないか?……良かったな」


 フッと笑った石井君に、軽く心臓が跳ねた。


 何だか恥ずかしくなった私は、視線を逸らして少し早口でお礼を言う。



「ありがとう。克服するの手伝ってくれて」


 私の感謝の言葉に石井君は「いや」と口にした後、いつになく優し気な口調で呟いた。


「……愛良にも、頼まれたからな」


 見ると、その表情も見たことが無いほど柔らかだ。

 そんな彼の視線はいつも愛良が座っている椅子の辺りに向けられている。



 ……へぇ、そうだったんだ。


 こんな表情を見たらいくら何でも気付く。

 石井君が愛良のことを好きだってことに。



 ……同時に、私自身ちょっとだけガッカリしている事にも気付いてしまった。


 恋――とまではならないけれど、石井君のことをちょっと良いなって思っていたみたい。



 芽吹くどころか、せいぜい眠っていた恋の種が起きてしまったくらいの変化。


 でも、だからこそ嫌な感情を持つこともなく終わる。


 そのことに良かったと思った。


 愛良に変な嫉妬を覚えることもなく、石井君に変に期待することもなく終わったから。



 ただただ優しい気持ちで、恋の種を起こしてくれた石井君が辛い思いをする結果にならなければいいと願った。


***


 その日のうちに石井君は田神先生に私が克服出来たことを伝えてくれたらしい。


 翌日には、次の土曜日に田神先生の家に来てほしいと伝えられた。



 そして土曜日――。



「……何で護衛があんたなのよ」


 先生たちやデパートの従業員などが暮らす住宅街へ向かうためのバスを待ちながら、私は今日の護衛に不満を零していた。



「知るか。斎に直接頼まれたんだから仕方ねぇだろうが」


 言い返してくるのは勿論零士。


 零士以外だったら別に不満とかないのに、どうして田神先生はこいつに頼んだのかな?



「とにかく、今日斎にお前が克服出来たって認められればお前の護衛も強制じゃなくなるんだ。絶対に認められろよ?」


「言われなくったってそのつもりよ!」



 全く、本当に一々憎たらしいんだから。



 そうして二人でバスに乗り、十分ほどで住宅街に着く。


 バスを降りてさあ田神先生の家へ、となったんだけれど……。



「ちょっと、そっち逆方向じゃない?」


 いきなり零士が逆方向の道を歩き始めて注意する。



「……」


 零士は足を止めると無言で戻ってきた。



「……」

「……」


 何か言えよおい。



 ……はあ、一応詳しい場所聞いておいて良かったよ。


 零士が方向音痴だってことは初めから分かってたしね。




 でも本当に全く役に立たない。


 何で零士に護衛お願いしたんだろう、田神先生。



 本気で疑問に思いながら、私は先を行った。



 最後は近所の人にも聞いて確認しつつ、田神先生の家にたどり着く。



 どんなところに住んでるんだろうと思っていたけれど、一軒家だった。


 小ぢんまりとした可愛い家だったけれど、ここに一人暮らしか……。



 田神先生って恋人とかはいないのかな?


 いそうだけど……でもデートの約束してるとか聞いたことないしな。


 遠距離とか?



 なんて考えながらインターホンを鳴らした。


『……ああ、来たか。カギは開いているから入ってくれ』


 少しして田神先生の声が聞こえたので、私達は自分でドアを開けて入って行った。



 玄関からしてシンプルで清潔感がある。


 いつも前髪を上げてビシッと決めている田神先生らしい家だなって思った。



「少し遅かったな。まあ、上がってくれ」


 そう言って玄関に現れた田神先生――田神先生、だよね?



 いつものスーツ姿ではなくワイシャツとジーンズというシンプルな格好。


 だけどオシャレに着こなしている。



 それにも少し驚いたけれど、一番驚いたのは髪型だ。


 いつも上げている前髪を下ろしているせいか、普段より若く見える。



 普段とのギャップに靴も脱がずまじまじと見ていると、「どうした?」と聞かれた。


「あ、すみません。いつもと格好が違うのでちょっと驚いて……」


「格好? ああ、そうだな……ラフすぎるか?」


「え?」


 まさか感想まで聞かれるとは思わなかったから少し驚いたけれど、そこは素直に答える。



「いえ、いつもより若く見えるし良いと思います。格好良いですよ?」


 すると田神先生は「そうか」と優しく微笑んでくれた。



「っ!」


 いつもより若く見えて年が近い男の人の様に見えるから、そんな風に微笑まれるとちょっとドキドキしてしまう。



 そんな風に戸惑いながら促されるままにリビングで一息つく。


 出された紅茶を飲みながらリビングもシンプルで過ごしやすそうだなーとか思っていると、田神先生が立ち上がった。



「さ、そろそろ始めようか。零士はここでテレビでも見ていてくれ。聖良さんはこっちへ」


「あ、はい」


 私も立ち上がって田神先生に付いて行く。



 連れて来られた場所は見るからに書斎といった場所だった。


「散らかっていてすまない。こことリビング以外だとあと使える部屋は寝室くらいしかなくてね」


 確かにデスクの上などは散らかっているけれど、床にものが落ちていたりなんてことはない。


 これで散らかっているなら私の部屋も散らかっているってことになっちゃうよ。



「リビングでやっちゃダメだったんですか?」


 場所を移す必要まであったのかなと思って聞いてみると。


「……君は私に抱き締められたりするところを零士に見せたいのかい?」


「見せたくなんてないです!」


 反射的に答えていた。



 誰が好き好んで見世物みたいになりたいと言うのか。



「だろう?」


 と言って、田神先生は座る場所を用意してくれる。


 向かい合うように座って片手を出された。


「まずは腕を掴むところから順番に見て行こう」



 田神先生とは、腕を掴まれた時点で硬直と震えが来ていたんだっけ。


 あれから良くはなっているはずだけど、田神先生とはあれ以来接触していなかったからな……。



 自分でも大丈夫か不安だったため、恐る恐る田神先生に腕を差し出した。


 軽く掴まれるのは大丈夫そうだ。



 田神先生も緊張していたんだろうか。

 ふぅーと息を吐いて「大丈夫そうだな」と呟く。



「よし、じゃあこの調子で少しずつ見て行こう」


 その宣言通り、背中に手を当てて見たり肩を掴んでみたり。



 一通りやってみて大丈夫だったため、最後に抱き締めるというところになった。



「じゃあ、まずは軽く行くよ?」


「っ、は、はいっ」


「……どうした? さっきまではそこまで緊張していなかったのに」



 やはりまだ……なんて言い出したものだから私は慌てて違うと叫んだ。


「違うんです! その、抱き締められるのって普通に恥ずかしいですしっ! いつもの先生だったら親戚のお兄さんみたいだと思えば大丈夫だと思うんですけど!」


「……親戚……」


「でも今日の先生は若く見えて年も近く見えちゃって、何ていうか……同年代の人に抱き締められるような気がして恥ずかしいっていうか!」


「……」


「とにかく、怖くて躊躇っていたわけじゃないんです!」



 一気に言い切って肩で息をする。


 息を整えながらもしかして失礼になるようなこと言っちゃったかもしれないと思った。



 同年代に見えるって、逆を言えば大人に見えないって言ってるようなことでしょう?



「……ほぉ……同年代、ね」


 田神先生もその言葉に反応した。



 やっぱり失礼になっちゃったかな?



 そう思って先生の顔を見上げると、予想とは反した表情をしていた。



 目は優し気だけど、口元は少し意地悪く口角が上がっているというか……。


 それがまた“先生”というより年の近い男性に見えてしまう。



「それなら逆に大丈夫かもしれないね」


 そして彼は正面から私の背中に腕を回した。



「っ!」



 え? え? え?


 こ、これは私が護衛されているときに抱きかかえられたりしても大丈夫なのか試すための実験だよね?


 な、何でこんなに緊張しちゃうの⁉


 田神先生の腕は、石井君とは何かが違った。


 何というか、何かあった時に早く逃げるために抱きかかえなきゃならない――とかそういう抱き方じゃなくて……。



 例えて言うと、恋人を抱きしめるような……。


 いや、まさかそんなことあるわけないし。



「……やっぱり怖いか?」


 近くで男性らしい低音の声が聞こえてゾワゾワする。


「いっいいえ?」


「だが、緊張してるだろう?」


「そっ、それは別の意味で……」


 そう伝えると、フッと笑うような息遣いが聞こえた。



「じゃあ、力を強めるぞ?」


「は、はい……」



 何か、もうとにかく恥ずかしいんですけど⁉



 背中に回されている腕に力がこめられる。


 私では振りほどけないような力を感じて一瞬息が止まった。


 先生の胸板に私の体が押し付けられて、柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。



 閉じ込めるかのような抱擁に、心臓がバクバクと大きな音を鳴らした。



 耳元で、熱い吐息が耳をかすめる。


「……聖良」


 呼び捨てにされた名前が、吐息とともに鼓膜を震わせた。



「っっっ⁉」


 ひと際ドクン、と心臓が鳴る。


 そして、わずかに震えが始まった。


「え? あ……」


 そんな、ちゃんと治ったと思ったのに……。



 このままだと、田神先生にダメ出しをされてしまう。


 何とか震えを止めないと。


 でも、思っただけで止められるものじゃない。


 焦りばかりが募る中、先生の手が背中をさすってくれた。



「大丈夫だ聖良。俺はお前に酷いことなんてしない」


 温かくて大きな手に背を撫でられ、優しい声音が耳に直接届く。


 「大丈夫」と繰り返される言葉に、私は落ち着きを取り戻して震えも収まってきた。



 そのことに安堵しつつも、疑問が残る。


 先生、また呼び捨てに……。

 それに俺って言った?


 普段は自分のことを“私”って言ってなかったっけ?



「落ち着いたか?」


「あ、はい……。ありがとうございます」


 そう言葉を交わして後は離れてくれるのだと思ったら、先生はもう一度だけギュッと私を抱きしめた。


「っ⁉」



 驚く私をゆっくり離してくれる。


 離れたことで見えた先生の顔には、困ったような苦笑いが浮かんでいた。



「すまないな……自分の感情を抑えられると思っていたんだが……」


「え?」


「抱きしめたら、抑えが効かなくなった」


 そう言って田神先生の手が私の頬を撫でる。



 それは、どういう意味ですか?


 思いは言葉に出来なかった。


 でも、先生は意をくみ取って話してくれる。


「本当はまだ言うつもりはなかったんだが……」


 数拍開けて、言葉が続く。



「聖良、俺はお前に好意を持っている。もちろん、一人の女性として」


「え……?」


 先生の目は真剣で、冗談を言っているようには見えない。


 でも私は突然のことに頭が付いて行かない。


「え? いつから……っていうか、どうして……?」



 混乱する私に、先生はゆっくりと一つ一つ話してくれた。



「はじめは好意とかは無くて、ただ“花嫁”を自分の手に出来るかもしれないという打算だった」


 すまない、と謝りながら説明される。



 愛良の相手はあの五人の中から選ぶと決められていた。


 でも、突然現れた私という存在には明確な相手は決まっていない状態なんだそうだ。



 だから決められてしまう前に自分を選んでもらえるように根回しするつもりだったんだと……。



「でも、根回ししようにも初日から愛良さんの呼び出し事件があってやることも増えてしまった。そうしているうちに君が他の男に血を吸われてしまったんだ」


 怒りと悔しさを耐えているような表情で続ける。



「不思議だよ。会って話した時間だってそれほど多いわけじゃなかったし、君を知る機会だって少なかった。なのにいつの間にか、気持ちだけが膨れ上がっていたみたいだ」


「……」


「君の血の気配を察知して、誰かに咬まれたんだと理解した瞬間頭が真っ白になった。岸の腕の中にいる君を見て、あいつを殺してやりたくなった」


「せ、ん……せい?」


「あの時自覚したよ。俺は君を好きなんだって」



 冗談でも嘘でもない。


 そう真剣な目が語っている。



 そして、その目が優し気に細められた。


「今はまだ先生と生徒だからね。手を出すつもりはないよ」


 言いながら、私の右手を取る。



「でも、あと一年と少し。高等部を卒業したら容赦はしないから、覚悟しておいてくれ。聖良」


 チュッと、右手の指先にキスを落とされた。


 続いて大人の色気漂う微笑みを向けられて――。




 私はのぼせてしまったように頭が熱くなって、その後どうなったのかよく分からない。


 どうにか寮に帰ったんだと思うけれど、その日は夜までの記憶が曖昧だった……。

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