吸血鬼の花嫁①
私と愛良を乗せた車は市街地を通り過ぎて山の中に入って行った。
舗装はされているけれど、車が二台通れるかどうかってくらい狭い道も多い。
「……本当に山の中なんですね」
ポツリと愛良が漏らした。
独り言の様なそれに明るく返したのは助手席に座っていた津島先輩。
「まあな。でも学園がある場所は開けてるし、生活に困らない程度の施設や店はあるから不便さはあんまり感じないぜ?」
後部座席に座っている私達を軽く振り返って得意げに笑う。
そうするとますます年下っぽく見える。
いっそわざと可愛い年下の少年に見える様に振舞ってるんじゃないかとさえ思えてしまう。
ちなみに零士や俊君達は愛良を家に送り届けた後、一足先に帰ったそうだ。
ま、車にそんな何人も乗れないしね。
「施設や店ってどんなのがあるんですか?」
黙っているとまた考え込みそうになるのか、愛良は会話に飛びつく。
でも私もどんな施設があるのかは気になった。
「学園内は基本的に他の学校と変わりないけどな。そことは別に商業施設っていうか……デパートだな、あれは。コンビニ、衣類、食品とか。一通りの店舗が入ってる建物があるんだ」
「……えっと、まさかとは思うけど……それは学園の生徒達のためだけに作られた施設だったりするんですか?」
私はまさかねぇ、と思いながら聞いたんだけれど……。
「ああ。まあ、先生達も利用するけどな」
「……」
「……」
私と愛良は最早言葉も出ない。
でもまだこれは序の口だったようだ。続く津島先輩の説明に驚きの連続になる。
「あとは寮かな。一階つながってるけど、二階からは男子棟と女子棟に分かれてる。全部個室で、トイレ付き。各階にシャワー室、ランドリー、ああそうそう数台の自販機もあるな」
何だろう、それはもうちょっとしたホテル並みなんじゃないだろうか。
大体学園の寮なのに個室とか凄すぎだし。
「それにな……」
ニヤリ、と一際得意げな笑みを浮かべた津島先輩はもったいぶったようにゆっくりと最後の一つを口にした。
「地下一階には温泉もあるんだぜ?」
「!!!」
温泉。
その言葉に大きく反応したのは愛良ではなく私だった。
「何か建設当初は作る予定全く無かったんだけど、掘ったら温泉が出て来たとかで、それなら作らなきゃもったいないって出資者の一人が言って決定したらしい」
その出資者の人に感謝!
感動に打ち震えている私を愛良が生暖かく見守っているけど、そんな視線も気にならない。
「その温泉って有料ですか? だとしたらいくらくらいで? あ、あと利用時間ってどれくらいですか?」
思い切り食いついた私に、津島先輩は満足そうに答えてくれた。
「基本生徒に合わせてあるから清掃時間が9時から11時。それ以外はいつでも入れるぜ。それに寮に入ってる生徒なら利用は無料だ」
凄い!
何か無駄に神様に感謝したくなってくる。
タダで温泉に入れる。
しかも利用時間はほぼ気にしなくて良い状態!
テンションがグッと上がった。
「お姉ちゃん、ちょっと落ち着いて」
「これが落ち着いてられますか!」
愛良に宥められても、興奮は冷める事を知らない。
「温泉だよ! 温泉!! 普通のお湯のお風呂じゃないんだよ⁉ しかも毎日、タダで入れるんだよ⁉」
私のこの興奮が分からないのか!
と愛良に力説した。
でも愛良は共感してくれるどころか頭を抱える始末。
どうして分からないの。
温泉だよ⁉
「いや、うん。分かってるよ。あたしも温泉は嬉しいよ? でもここ車の中だし、今すぐ温泉入れるわけじゃないからね?」
まずは簡単にでも生活出来るように部屋を整えて、田神先生から色々話を聞かなきゃならないでしょう?
と説明され、やっと私は少し落ち着きを取り戻した。
「うっ、そうだね……。やる事やってからじゃないとね」
少なくとも、夜じゃないと入れないか。
「ははは、これじゃあどっちが姉なのか分からないな」
一連のやり取りを見ていた津島先輩がからかう様に笑った。
むぅ。
そのキラキラした笑顔が何だか恨めしいです、津島先輩。
「でも実際、温泉は良いものですからね。私もたまに利用させて頂いてます」
運転手の菅野さんが前を向いたままそう話してくれた。
ミラーに映っている目が優しく細められているのが見える。
「そうですよね」
自然と笑顔になってしまう様な菅野さんの雰囲気に、私は落ち着きをしっかり取り戻して同意した。
全く、津島先輩もこれくらい紳士的なら素敵なのに。
なんて思ったけれど、同年代の男子に菅野さんの様な振る舞いはまず無理だろう。
菅野さんのこの穏やかな感じは積み重ねてきた経験とかもあるんだろうし。
そんなやり取りをしているうちに、窓の外の景色が変わってきた。
道路が広くなり、視界が開けてくる。
幾つか家やアパートらしき物も見えて来た。
「この辺りは先生とか、デパートで働いてる人が住んでるところだな」
前を見ながら津島先輩が説明してくれる。
「へー」
相槌を打ちながら納得した。
学園があるなら先生やそこで働く用務員さんだっているし、デパートがあるならその従業員もいる。
そんな人達が毎日この山の中まで通うのは実際大変だろう。
そしてまた少し進むと、大きな建物が見えてくる。
校舎かと思ったけれど違った。
「もしかして、あれがデパートですか?」
愛良の言葉にそうだと頷く津島先輩。
私はそのデパートの前を通り過ぎるのを唖然として見ていた。
まさしくデパート。パッと見ただけで五、六階はある。
利用者がほぼ学園の生徒だからか駐車場は狭いけれど、デパートそのものはかなり大きい。
これが学園のためだけにつくられたっていうの?
ウソでしょう?
何だか私の中の常識とか色々なものが崩れていく様な気がした。
「デパートまでは寮から定期バスが出てるから、それ使うと便利なんだ」
そんな津島先輩の言葉にもまともに反応出来ない。
何かもう、あり得ないくらい至れり尽くせりな環境……。
チラリと愛良を見ると、純粋に「すごーい!」と喜んでいる。
「……」
私も愛良みたいに細かいこと考えない方が良いのかも。
わざわざ定期バスが出てたり、学園のためだけにデパートがあったり。
経営大丈夫なの?
なんて、私が考えることじゃないか……。
はぁ……。
と軽くため息をついて、私は思い悩むのを止めた。
細かいことを考えていたら、この学園ではやっていけない様な気がした。
デパートを離れ、また大きな建物が見えて来る。
今度こそ校舎だ。
「ここが城山学園。左側が中等部で、右側が高等部。系列の大学もあるんだけど、それはもっと奥の方に建ってる」
「へー」
愛良と一緒に感心するような声を返した。
校舎は何処にでもありそうな普通の学校って感じだった。
中等部は所々赤茶の壁で、高等部は全体的に茶色の外壁。
それにしても、大学まであるなんて初めて知った。
車は道を右に折れ、また真っ直ぐ走る。
高等部の校舎を過ぎると、何故かお城が見えた。
「は? お城?」
声に出したのは私だったけれど、愛良も同じ様な事を呟いていた。
突然現れた洋風の建物は、洋館と言うよりお城と言った方が正しいだろう。
それ位大きい。
何でこんな所にお城が?
その疑問の答えを、津島先輩は言い辛そうに口にした。
「あー……。あれはな、寮なんだ」
『………………は⁉』
私と愛良の声が、間の開け方もぴったり合ってハモった。
「うん、まあ色々思うところはあるだろうけど……間違いなく中、高等部用の寮なんだ」
「……」
「……」
今度は二人で声も出ない。
校舎が普通だった分ショックが大きい。
ちょっと洋風で素敵な雰囲気。
とかだったらまだ平気だったし、素敵ですね〜くらいは言えたかも知れない。
でもこの寮は本当に中世に外国で作られたんじゃないかと思うくらい立派なお城にしか見えない。
良く見ると、屋根の端々にある彫像とかも美術館なんかで見る様な凝ったものだ。
「……」
もう絶句するしかない。
お城に住んでみたーい!
なんて思ってる夢見がちな子なら喜ぶ所なのかも知れない。
でも私も愛良もそこまで夢見がちでも無ければ脳内メルヘンでも無い。
「一体どうしてこんな外観に……」
最早言葉が出ない私の隣で、愛良が躊躇いがちに聞いた。
よくぞ聞いてくれた愛良!
心の中で愛良を称賛しながら、私も津島先輩の答えを待つ。
「まあ、簡単に言うなら出資者達の遊び心かな?」
「は?」
遊び心?
「出資してくれた人達が、まあ揃いも揃って変わった人達で……。校舎も最初は日本風のお城にしようとか言ってたらしくて……」
段々消え入りそうな声になりながらも彼は最後まで説明してくれる。
「何とか校舎の方は普通にしてもらえたけど、その反面寮はトコトン凝ったらしくて」
それでこんなお城になってしまった、と……。
「……」
私だけじゃなく、愛良も言葉を失ってしまった様だ。
まあ、何てコメントしたら良いか分からないよね、これ。
「あ、でも住み心地は良いからな!」
最後にそう付け加えた津島先輩に、私は「それは良かったです」としか答えられなかった。
寮の前に車は停まり、私たちはバッグを手にして下りた。
近くで見てもなんか凄い。
でもチラホラと出入りしている学園の生徒は違和感も無く自然な様子。
何日かすれば私も慣れるのかな?
と思いつつも、今はまだ無理だとも思った。
「では、私はこれで失礼致します」
背後から声が掛けられ、慌てて振り返る。
菅野さんが優しげに微笑み、丁寧なお辞儀をした。
「あ、送って下さってありがとうございました」
そう言った私に続き愛良もお礼を言ってお辞儀する。
菅野さんは嬉しそうに目を細め、「勿体無いお言葉です」と言い残し再び運転席に乗り込んだ。
去って行く車を見送っていると、今度は津島先輩から声が掛けられる。
「じゃあまずは部屋に行って荷物置いて来ようか」
「あ、はい」
返事をしながら、私と愛良はお城――もとい、寮に向き直った。




