一段落ついた戦いと増えた疑問――リターン
『お前には二つの選択肢が存在する』
厳然たる態度で警告の通信を全チャンネルに乗せて発しているのはスカーブ国軍所属のSUに搭乗しているロイズ・サムマッカー大佐その人である。その声が向けられているのは、多数の銃口が突きつけられている黒いPS――スプリンターだ。片腕が獣に喰い破られたかのように引きちぎれたその機体は、その勧告を身じろぎ一つせず聞いている。
『一つ目は、このまま我々スカーブに捕虜として下ること。もちろん身の安全は条約に則って保証してやる。情報提供の要請及び拷問はしないと約束する』
戦争はゲームではないが、ルールの無い殺し合いではない。北と、南。二つの大国がしのぎを削り合っているこの戦争にも、しっかりとした条約が交わされている。今ロイズが言ったのは捕虜の扱いに関するそれである。実際に全ての戦場において守られているかは怪しいところだが、スヴェンらが所属しているスカーブ国軍第五基地ではその可能性は無かった。
沈黙しているスプリンターに対して、まったく気にもせずロイズは続ける。
『そしてもう一つは、ここで死ぬことだ。情けはかけてやる、痛みを感じる間もなく死ねるだろうよ。――さあ、どうする?』
疑問を投げかけられた相手は全く動きを見せない。頭部のモノアイ型カメラも赤く煌々とした光を放ったままだし、左手の熱刀身も相変わらず熱せられ、鈍い光を放っている。
『私も暇じゃないんでね、さっさと決めて貰えるとありがたいんだが』
痺れを切らしたらしいロイズが早く決めろと促した、その瞬間。
何の予備動作も無しに、スプリンターが手のサーベルで目の前にいたSUの脚を斬った。斬られた箇所が自重でずれ、その機体は仰向けに倒れ込む。
『な!? やってくれるね、後者ってことかよサウス風情が!』
慌てるようにして他のSUがスプリンターへ銃口を向け、射撃を放とうとする。だが、銃が火を噴くよりも前に、黒い機体の背部から盛大に黒い煙が吹き出した。
『煙幕!? 味な真似を……!』
これではどこに撃てばよいのかわからない、下手をすれば誤射の可能性だってある。混乱に陥った部隊を尻目にスプリンターは走り出した。スヴェンやスリング、スカーブ軍の機体達に背を向けながら、全チャンネルに通信を通したらしい。コンピューターで変えてあるのか、合成音声のような音がその場にいた全員に聞こえた。
『前者でも後者でもない。ワタシが選ぶのはワタシの軍属と同じく第三の選択だ。スカーブに恨みは無いが、邪魔をするというのならば、次は本格的に出る』
変換がなされているからなのかはわからないが、一切の感情が消え失せたかのように、その声には抑揚が全くなかった。平坦な、それでいて冷淡な口調。
『なんだと……? 何が言いたいんだよお前は!』
まだうっすらと残っている煙幕を無視してロイズが銃撃を放つ。だがそれはいともたやすく回避されてしまった。
『繰り返す、次はない。このことを頭に入れておけ』
疑問に対する回答は無い、ただ事務的とまでいえるほどの通信が入るだけ。
スプリンターはそれだけを言い残して逃げ去っていった。
『くそっ! 何なんだアイツは!』
全兵士に聞こえていることも忘れているのか、ロイズが毒づく。だがその機嫌もすぐに普段のそれと変わらなくなった。
『まあいい、救護班! 生存者がいるかはわからんが、早急に生存者の捜索及び保護にかかれ! ――スヴェン、スリング!』
『うあ!?』
「えあ!?」
いきなり声を掛けられて驚いたような声を上げる二人。そんな態度を意に介する風もなく、彼女は続けた。
『よくやってくれた』
いつものような荒々しい口調とは一転した、静かな、子供を褒めるかのような言い方だった。
短くとも、それにこめられた意味合いは計り知れないほどに大きいものだ。
『……オレらは、味方を助けられなかったんですよ?』
それに対してスリングが、珍しく弱々しい口調で言った。
『それでもだ、よくやってくれたな。それにお前らの行いは全くの無駄ってわけじゃあないらしい』
搭乗席内で救護班から送られたデータを一瞥して、そこから得た情報を読み上げるロイズ。
『生存者がいる。全滅よりはマシだ』