撤退の頃合いと援軍のタイミング――レインフォースメント
『っるぁぁぁ!』
スラスターから戦場に似つかわしくないほど煌びやかな噴射炎を出しながら、スリングがスプリンターへと肉薄する。自身の高周波ブレードが届く範囲に敵が入ると同時、スリングの機体は腕を振り下ろした。だが、相手はそれすらも読んでいたかのように身をかがめて避ける。
ゆらりゆらりと揺れるような、つかみ所のないリズムを刻みながら、それでいて不意に鋭く動く。敵の機体はまるでインファイトボクサーのように変則的な近接戦闘を繰り出してくる。
「……スリング」
緊張で声がかすれている事を感じながら、スヴェンは静かに呼びかけた。返答は一瞬。
『りょーかい、右か? 左か? ――っと!』
突き出された熱刀身を辛うじて躱しながら、軽い調子で言っている。だが彼にもそこまで余裕はないはずだ。通信は手短に済ませる。
「どちらでも」
『迷ったらやっぱ、左だよなっ!』
叫ぶような声と共に、前方のスリングが左へ機体を高速移動させた。それに伴って黒い敵影がスヴェンから見えるようになる。あらかじめ構えておいた三五型機関銃をそちらに向け、トリガーを思い切り引き絞った。
タップショットやバーストショットのようなまどろっこしい制約など付けていない。ただ目の前にいるPSを破壊するために、フルオートの銃撃を放つ。コンクリートの地面が抉れ、廃墟ビルの窓が割れ、盛大に砂埃が巻き上がる。弾が切れなければ、そのままずっと打ち続けていたかもしれない。
もうもうと立ちこめる粉塵が晴れた。
『…………な!?』
驚愕するようなスリングの声がスピーカーから流れる。スヴェンも同じ気だった。
スプリンターは、静かにそこで佇んでいた。最初に撃ち抜かれた右腕以外はただ一つの外傷もなく。
『どういうこった! なんだアイツは!』
なんだ、と聞かれたところでスヴェンには答えられるはずもない。
「そんなこと俺にだって――」
分かる訳がない。そう答えようとした、その、刹那。
スプリンターが脚部を折り曲げると、モノアイを獰猛に光らせた。
「!」
一瞬で、相手がこちらの前にまで近づいていた。距離にして約一メートル。敵は三十メートル超の距離を、瞬間的に移動した事になる。スプリンターはそのまま左腕を振り上げた。
咄嗟に三五型機関銃でヒートサーベルを受け止める。数秒もすると三五型は熱で溶け出し、最早、銃としては用をなさなくなってしまった。
よろけ、たたらを踏むようにスヴェンのSUがよろける。
『くそっ!』
スプリンターの左側面を取ったスリングが毒づきながらコイルガンを撃つ。それすらも簡単に敵は回避した。スリングの方に気を取られた、その隙を突いてキーボードを打ち叩く。
『使用武器選択 BW-002 高周波ブレード』
右手にブレードを持ち、体勢を立て直す暇もなくそれを振るった。ヒートサーベルに当たったブレードは、しかし上部を切り裂くだけに終わる。
スプリンターはヒートサーベルを構え直し、倒れ込んだスヴェン機のコクピットを狙っていた。
『スヴェン! 避けろ!』
その声に反応してペダルを踏んだのは、幸か、不幸か。狂ったようにスラスターが噴射され、炎が敵を焼く。ビルとビルの間、狭い空間で使われた熱は、当然の如くスヴェンにも降りかかった。
モニターが青白く光り、網膜にそれが焼き付けられる。
「っがぁぁぁぁ!」
だが、意味はあったらしい。気がつくと、スヴェンはスプリンターから離れたところに倒れていた。すかさず操縦桿を操作し、体勢を立て直す。
敵は半ばから切れた、いびつな形のヒートサーベルを構え、
スヴェンは朦朧とする意識の中、高周波ブレードを構える。
双方が刃を交えようとした、その瞬間。
『そこまでだ』
どこかで聞いた事のあるような声が響き渡る。良く聞いてみると、ロイズのそれだった。音源であるらしい後方上部を見上げると、
『やれやれ、あんまり数は動かしちゃならんってのに……』
ざっとみただけで十はいるだろうか、そこにはそれだけのSUが浮いていた。
どうやら彼女は展開されたSU群の中心にいるらしい。白くペイントされたSUから、その声は広がっている。ロイズの駆るSUが、何かソナーのような、高い音を発する。それに呼応するかのように、SUがスプリンターを取り囲んだ。
『……さて、そこのスプリンター。観念しな』