黒いアスリートと赤い人――テキエイハッケン
ソロルは不自然な体勢で倒れたまま、その虚ろな瞳でPSをぼんやりと見つめていた。自分の身体の状況を鑑みるよりも先にPSへ目が行ったのは、常にPSやその他兵器と道を歩んできた工兵の性分故か。
PSは人間に例えるとするならば、アスリートのような機体だった。今までに見たPSよりも細い脚部パーツは、日々の練習によって鍛え上げられた運動選手のそれを連想させる。武装のような物は両手に一丁ずつ持ったハンドガンのようなそれと、腰に付けられた刀のような巨大な刃物くらいだ。
黒く塗装され、鈍い光を放つPS。その頭部に付けられたモノアイ型のカメラが、鋭く赤い光を放つ。
(…………もう、駄目ですね)
状況は絶望的だった。
どんな種類の攻撃を受けたのかはわからないが、ともかく目の前にいる敵軍のPSが原因である事は間違いない。共に隠れていた仲間や、ジープも攻撃の衝撃でそのほとんどが消え失せていた。
「――い! おい! ソロル!」
混濁する意識の中に、鋭く響くのは誰かの声。
「……ぁ、…………」
「――っ! おいランチェス! この子を運ぶぞ、そのジープ使え!」
このまま目を閉じていたいという本能に逆らって、目を開けると、そこには先ほどの戦車兵がいた。幸い彼に怪我らしい怪我は無いらしい。こちらを向いて、必死に何事かを叫んでいる。
「気付いたか!? 逃げるぞ!」
その後ろで、PSが腕を動かし、
「くそ! 速くしろ! ランチェス準備は良いな! 何!? 鍵がない!? 構わんエンジン直結でもなんでもしろすぐにだ!」
手に持ったハンドガンの銃口を、こちらに向けた。
「…………げて下さい……」
五十メートルも離れていないこの距離ならば、外れるはずもない。このままでは直撃し、死ぬしかない。
「あん? なんだって?」
「逃げて……下さい…………!」
そこまで言って、ようやく戦車兵が後ろを振り返った。
「こりゃあ……まずいな」
「そんな事を言ってる場合じゃありません……く、……はやく逃げて下さい。…………私は置いて行ってくれて構いませんから」
「おいソロル」
苦しげに息を詰まらせながら喚くソロルを叱るように、彼は口を開いた。
「覚えておけ、俺は自分の命を捨てるような事を言う馬鹿が大嫌いだ。もちろん、自分の命をむざむざ捨てるような行動を取る馬鹿もな」
「な……」
何を、という声が出る前に、彼はその言葉を続ける。
「胸クソ悪ぃ。こんな状況になって、俺は大馬鹿になっちまったらしいな。ランチェス! その子を頼む!」
どんっ! と。
名も知らぬ戦車兵は、ソロルを突き飛ばした。その直後、銃弾、いや、砲弾と言っても過言ではないほどの大きさを持つ弾丸が、彼に直撃する。
轟音が鼓膜を打ち振るわせ、弾丸が破砕したコンクリートがソロルの身体を殴打する。一拍おいて、彼女の手に何かがかかった。
見れば、手には生暖かく、赤い液体がべっとりと付着している。
「……ぁ、…………ぁぁぁ……」
これがなんであるか、もはやそれは不要な問いでしかなく、それを見間違うはずもない。紛れもなく、これは血だ。
「ぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
絶叫するソロルを抱き、ランチェスと呼ばれた少年が、エンジンのかかったジープに放り込む。
「隊長……! アンタは大馬鹿だ……!」
嗚咽を漏らしながらその少年はハンドルを握る。その後ろでは、PSが彼らに狙いを定めていた。
後方を確認しながら彼はアクセルを踏み、ジープを発進させようとするが、何か溝にでもタイヤがはまったのか、上手く進まない。
「くそ! くそ! 動けってんだ!」
銃口がこちらに向いている。ぼやけた視界の中で、ソロルはおぼろげながらその事を理解した。
不思議と、死ぬ事に哀しみはない。ただそこに存在するのはどうしようもない虚無感。配属されて、仲間の名を全て記憶する間もなく戦死する。わたしは結局何もできなかった。
哀しさなど感じていないのに、何故か涙が溢れてくる。結局死にたくはない、という事なのか。それすらも、もうわからなかった。
突然、ガンッ! という鈍い音が鳴った。
最初は撃たれたのかと思ったが、それではまだ意識がある事に説明がつかない。
目を開けて、確認する。そこにPSはいなかった。
いや、いなかった訳ではない。ソロルから見えない場所に移動していたのだ。すぐに元の場所に戻り、その姿を彼女達に見せた。だが、おかしな点が一つだけ。
そのPSは、右腕が半ばから取れかけていた。
『くそっ! 車輪の跡はあのドームに続いてる、まずいぞ!』
スリングが叫んで伝えている場所、そのドームの前には、黒いPSが佇んでいた。それは右腕をドーム内へと向けている。
『どういうこった、あのボロ偵察機が! PSがいるじゃねえか!』
「今はそんな事を非難してる場合じゃない!」
キーボードを叩き、武器を呼び出す。
『使用武器選択 BW-001 携帯型コイルガン』
この状況ではこちらの方が都合が良い、下手にマシンガンを使用すれば、ドーム内の味方にまで被害が及ぶ可能性がある。
コイルガンを右手に取り、スヴェンは数瞬で敵PSが伸ばしている腕へ狙いを付けると、トリガーを引いた。
圧縮された気体が抜ける音を、限りなく大きくしたような音がして、金属の針が高速で撃ち出された。弾は狙い通り敵PSの腕の半ばに命中する。バチバチと青白い火花を散らしながら、腕が重力に従って垂れ下がった。
頭部を動かし、敵はこちらを見つめてくる。赤色のモノアイが、鋭く光った。残った腕のハンドガンをこちらに向ける。
『……畜生! なんだってオレらはこう貧乏クジを!』
喚きながらもスリング機が、スヴェンと同じくコイルガンを背部から抜き出し、敵に照準を合わせた。
「気をつけろ! 敵の型はまだわからない、PSのデータを通信部に送ってもらう!」
『それまでにオレらがやられなきゃ良いがな!』