訓練と実戦――センジョウ
「は? 実戦……っすか?」
訓練の解析データをプリントした紙に目を走らせている上司の言葉に、間の抜けた声を上げたのはスリングである。
それに対して革張りの椅子に座り、姿勢をまったく変えないまま応じたのはスリングが声を出す原因となった言葉を放った女性。
「ああ、そうだよその通り。みなさんお待ちかねの実戦だ。……つっても相手は所詮フロートだし? 訓練とそんなに変わらんけどな」
流れるような黒髪を手でいじくりながら、その清楚な風貌とはおよそ似合わない乱暴な男言葉でそう言った彼女の名はロイズ。スヴェンとスリングの上司であり、指揮官だ。
「いやいやいや、随分と変わるだろ。訓練じゃイカダが使ってたのはそれ用の非殺傷製ペイント弾だったし、実戦ってこたぁ相手は実弾を使ってくるし、下手すっとサウス共のPSと遭遇するかもしれないじゃねーか!」
サウス、とはスリング達軍人が戦っている相手で、実際にはちゃんとした国名があるのだが、彼らは蔑称として「南の人間」という呼称を使っていた。
スリングの慌てようを見て、ロイズはからからと陽気な笑い声を上げる。そしておもむろに懐からライターを取りだして、しゅぼっ、とタバコに火を付けた。大きく吸い込み、盛大に副流煙を吐き出して一言。
「上等、上等。なんなら出てきたPS全機ぶっ飛ばしてもいいぞ。……すまんやっぱ無し」
「こりゃまた前言撤回が早いな!?」
「いや、だってほら残骸の回収とか面倒だし」
「実際に回収すんのはPS班だろ? 何が面倒だよ!」
「指令飛ばすのとかさ、いろいろ」
「アンタ本当に俺らの上司かオイ!」
と、そこまで意味も無さそうな会話を二人の隣でぼんやりと聞いていたスヴェンが、口を開いた。
「あのさ、どうでもいいから詳細、教えてくれよ」
「おー、そーだったそーだった。スリングお前も見習いな、これが本来あるべき下士官の姿さ」
軽口を叩きながらロイズは机の引き出しをごそごそとひっくり返し、少しして一枚の紙を取り出した。
「こいつだよ」
「サノア市……オイコラ、テメェロイズ。舐めてんのか」
「カタコトになってるぞ。お前は頭の悪いチンピラか」
すかさずツッコミを入れるロイズにスリングが反抗する。
「俺らのSUじゃ市街地で有利に戦えねえぞ!?」
「なぁに、PSの機動力がありゃ、市街地のフロート程度、どってことないだろ」
「あのな!」
スリングの言うとおり、彼らが搭乗するスカイユニットは空中戦に特化して開発された機体であり、市街戦は想定されていない。高機動力を誇る機体であるためロイズの言っている事もあながち間違ってはいないのだが、難しい注文ではあった。
「ともかく、もう決定した。大丈夫大丈夫、どうせやっこさんらにはこんな辺鄙な場所にPSを投入する余裕なんてありゃしないさ。行ってこい」
「チッ、しゃーねーな。その代わり、だ」
「あん? なんだよヘタレ」
「ヘタ………………。はぁ、その代わり俺らに副兵装として、コイルガン以外の実弾銃持たせろ」
確かにスリングの請求は理にかなっていた。SUの主兵装であるコイルガンは連射がそこまで良いわけでもなく、さらに装弾数が少ないため、乱立する建物越しに敵を打ち抜くのには不向きだからである。
「やだね。と言いたいところだが、良いだろ。最近開発部の馬鹿が作った短機関銃があるはずだ。それを一丁ずつ持たせてやるよ」
ロイズは吸い終えたタバコをぐりぐりとガラス製の灰皿にねじ込むと、デスクに付いている電話を取って連絡を取った。
「うし、弾の手配もしたから、行ってこい。なに、お前らなら余裕だ。余裕」
「よく言うぜ……おいスヴェン、格納庫行くぞ」
「あぁ」
先導をきって歩き出したスリングに、スヴェンが続いた。