世界規模の昔話――ジャン・クリスト
「さて、質問の回答に移ろうか」
ジャンは少しためらうようなそぶりを見せるが、それも一瞬のことで、ゆっくりとだが確実に言葉を紡ぎ始めた。
と、それを遮るかのように出入り口である扉が荒々しくノックされた。間髪入れずにくぐもった声が聞こえてくる。
『おいロイズ! アンタからの指令はいちおう完遂した。そこでひとつ頼みたいことがあるんだけどよ、頼めるか!?』
どうやら扉の向こうにいるのはスリングらしい。彼だけということはないだろうから、おそらくスヴェンと、言動から察するにランチェスも一緒だろう。
「取り込み中だ、後にしな」
『後ってどれくらい後だよ』
「少なくとも一時間」
『急ぎなんだ、そんなに待ってられっかよ』
「じゃあ今日はあきらめな」
『権限的に通るかどうか微妙なところだから頼みに来たんじゃねぇか。審議にかけられんの待ってたら三日どころじゃ済まねぇんだぞ』
「ともかく今は無理だ。後にしてくれ」
『テメ上等だ畜生! このドアぶち破って直接カオ向き合わせて話し合おうじゃねぇか!』
不意に声が途切れる。数秒をおいて後になにやらガツンという大きな音がなった。
あきれたようなスヴェンの声がそれに続く。
『お前、本気で学習能力皆無だろ』
『言うに事欠いて学習能力がないときましたかこの野郎、しかたねぇだろあの上官がカオ出さねぇんだからよ』
『それでもこの扉にドロップキックかますなんて馬鹿以外に表現が思いつかないんだけど』
『だから、これをぶち破りでもしない限りはオレの要求が通ることがねぇんだから――』
『いやお前半年前にも同じようなことしたよな? あのときはドロップキックじゃなくて正拳突きして右腕の骨にキレイなヒビ入れたんだっけ? これ、木製に見えるけど実は中にチタン合金板入ってるし地味に電子ロック式だし、軍人とはいえ素手で開けられる代物じゃないと思うんだけど』
『はぁ!? それマジ情報かスヴェン、どうしてオレが行動する前に教えなかったんだよ!?』
『言おうした瞬間にはすでにお前は宙に浮いてた。それ以前に、半年前にもちゃんと教えたはずなんだけど……』
『やめろ馬鹿を見る目でオレを見るな!』
彼らの声が聞こえなくなるのに、さほど時間はかからなかった。念のため部下にこの部屋周辺の人払いを頼んでから、ジャンに説明を促した。
「…………すまん、話を始めてくれ」
「あ、ああ……わかった」
どこか面食らったような顔の彼も、その言葉でようやく気を取り戻したらしい。
「――結論から言おう。『消された国』クリューガネル、ボクはそこの出身だ」
「……」
ロイズは彼の話に口を挟むようなことはしなかった。大方の予想がついていたというのもあるが、それだけではない。
独り言を言うように、もしくは、自分自身の昔話を語るかのように。
記憶をゆっくりと深淵から引き上げるようにして、彼はたどたどしくも続きを話そうとする。
会話中に覚えていた違和感はこれか、とロイズは内心の疑問が瓦解するのを実感していたのである。
――郷愁、あるいは憐憫。
彼の話し方や表情の端々から、そういった感情が伝わってきていたのだ。
「制裁は、ひどいもんだったよ。ああ、そりゃあひどかった。モニター越しでとはいえ、見ていて気分の良いものじゃないね。戦闘力でPSに劣るフロートでも人間相手には十分すぎる戦力だった。生身の人間に兵器は圧倒的なまでの効力を発揮した。どんなに強い人間でも丸腰じゃ兵器の前ではあまりにも無力だ」
うつむき、自身の行動に対する悶絶を感じているのだろうか、顔を苦悩にゆがめながらも彼は口を閉じようとはしない。
「恐怖感は無かった。ボクらは脱出艇に乗っていたから。そこには他にも何人かがいた、同じ研究施設のメンバーさ。研究対象は例の新型爆弾。そのデータをもって、ボクらは逃げようとしていたんだ」
話すことが義務だと自分に言い聞かせているのか、贖罪だと自分を叱咤しているのか。それはわからない。
「フロートがボクらを狙う心配は無かった、ジャミング波を発していたからね。機械に精通してる奴らが集まってたんだから、別段おかしなことじゃない。索敵走査用のレーダーを攪乱させるプログラムは誰かが組んでたよ」
まあ、とにもかくにも。とジャンはひとつ息をつく。
「ボクらはサウスの武力制裁からうまく逃げおおせたってわけだ。それが良かったのか悪かったのか……たぶん、悪かったんだろうな。それも、とびきり最悪な状態を作り出してしまった」
うつむいていた彼は面を上げる。
そこには後悔の念がありありと浮かんでいた。
ジャンはロイズが手にしているタブレット式PCの画面を指で示す。
「設計図が今ここにある理由はわかっただろう? もうひとつ、教えなくちゃならないことがあるんだ。これが世界に知れ渡れば、もしかすると予期せぬ形で今大戦が終わるかもしれない。その可能性は十二分にある」
ロイズが視線を走らせたPCには、先ほど読み込んだデータがそのまま表示されていた。
「ドライヴ使用式兵器の設計図は、ボクだけが持っている訳じゃないんだ」
彼の言っていることがいまいちわからなかったが、少し考えを巡らせると唐突に理解することができた。
「まさか……!」
目を見開いて、ジャンの顔を正面から見据える。
ロイズ自身がはじき出した答えは、ジャンが先ほど口にしたようになるほど『最悪の状況』だ。そして、彼が言ったことはまさしく正鵠を射ている。大戦が終わるというのは、あながち夢物語でもない。まさに『予期せぬ形』で終わりを迎えるだろう。
「そう、設計図は逃げ出した他の研究員たちも所持している」