研究員と最前線の兵士――インターセクト
「世界から国が消える。それは歴史上を顧みても、そう珍しいことじゃない」
研究員用の白衣を身に纏った男、ジャンはロイズの前でも縹渺とした態度を崩さぬままに、そう続けた。その声はどこかすがれた管楽器の音色を思わせる。
「しかし、これまでの正史から見て、その国が『消えた』理由はあまりにも異質だと言える」
黙って話を聞いているロイズを見据えて、彼は真剣な面持ちになった。
「『消えた』というのは少しおかしいかもしれないね。より正確を期すなら『消された』というべきかな?」
「サウスに、ってことか……」
問うようなジャンの口調を前にロイズは逡巡の後、そう答えた。
「ご明察。理由は……そこまで推測できてるなら、まぁボクが言わなくても分かるか」
「話の流れで大体掴めた。つまりそういうことだろう?」
「そう。武力制裁だ」
「それで、さっきのに繋がるわけだ」
「流石は若くしてそんな役職に就いてる大佐殿だ。飲み込みが早い」
「こうでもなきゃ務まらないさ。――それで、質問があるんだが」
「ボクに答えられる範囲でなら、お答えするよ」
「どうして知ってるんだ?」
何故、そこまで突っ込んだ事情を知っているのか。ある種でつかみ所が無いような彼に対して、大抵の疑問は用をなさないのだが、しかし今回ばかりは明確にしておく必要がある。
「私でも集められないような情報をお前が持ってきたことは何も今だけのことじゃないが、今回に限って言えば不自然だ。平常時ならともかく、今は厳戒態勢が敷かれている。徹底的な情報統制の下で、一研究員に過ぎない人間がそんな代物を提供できると思うほど、私は間抜けじゃないつもりだ」
射るようなロイズの視線を受けながら、その標的であるところのジャンは先ほどまでとは打って変わって重々しい面持ちで口を開いた。
「『クリューガネル』」
「……何だ、そりゃあ」
突拍子もなく彼が発した言葉に驚きながらもロイズは頭の中の引き出しを探ってみたが、そんな単語はどこにもしまっていなかった。
「消された国の名前だよ。知らないのも無理はないだろうね。何せ、世界の力関係の中でも比較的弱く、そして小さい国だったから。さて、質問の解答に移ろうか――」
徐々に遠ざかっていく波の音をBGMに、スヴェンら三名は基地の正面ゲートへ向かって歩いていた。
「……なぁー、スヴェン。思ったんだけどよ」
尖った金髪を揺らしながら、先頭を歩いているスヴェンへとスリングが問う。
「? どうしたんだよ」
「あのさ、オレらってただの一兵卒じゃん」
「そりゃあ、言ってしまえばそうなるけどな」
軍人とはいえ、彼らの身分は比較的低い。三年の間士官学校に通ってそこそこの成績で卒業しても、まだ大した戦果も挙げていないスヴェンとスリングは、未だに単なる上等兵だ。志願兵であるというランチェスに限っては最下級兵の二等兵よりも一つ位が高いだけの一等兵である。
今後どれほどの昇進があるかはスヴェンも知り及ぶところではないが、しかし今現在において、彼らはさしたる権力も持っていない最前線で戦う兵士に分類される。無数にいる内の三人というわけだ。
「それがどうかしたのか?」
「いや、だから、その程度の人間相手にデータベースとか見せてくれんのかなと思って」
「まぁ、とりあえず訊いてみるしかないだろ。駄目なら駄目だったで、その時に何か方法を考えれば良い」
「大丈夫なのかよ……?」
柄にもなく不安げに問いを重ねるスリングを尻目に、スヴェンは歩幅を変えないまま基地へ向かい続けたのだった。