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残った命と深い傷――セイゾンシャ

「志望理由は?」

「サウスを、……サガフロントの奴らを叩き潰すためです!」

 椅子に座った指揮官――ロイズ・サムマッカー大佐の前で、最敬礼をしながら答えたのは一人の少年兵だ。一瞥して、歳は高校を出たばかりというところだろう。その後ろに起立しているスヴェンやスリングと、そう変わらない。

 彼らは、スカーブ国軍第五基地に帰還していた。大量の遺体と、ごく少数の生存者を引き連れて。ドッグタグがあるため、戦死の確認は遺体が無くとも可能だが、そのやり方はこの基地の最高司令官であるロイズが嫌っているために通る事があまりなかった。

 今現在、二人の目の前で繰り広げられている光景を一から説明するとなると、少々の時間を要する。

 まず、ロイズの質問に対して臆することなく返答している少年兵の名はランチェス・クリエント。階級は戦車科一等兵である。

「私怨、か? 自己の感情に任せるだけじゃ、敵は倒せない」

「確かにそれもあります。自分は目の前で信頼に足る隊長を殺されました。――ですが、それ以上と言える理由がしっかりと自分の胸には存在しています」

 自分の胸に握り拳を押し当てながら、その少年ははっきりと答える。

 彼は先の戦闘での生き残りだ。運良く「ごく少数」に潜り込んだ兵士の一人。あと数名、前戦闘での生存者はいるのだが、その中でも彼、ランチェスは非常に運が良いらしい。というのも、彼以外の人間はそのほとんどが何らかの怪我を負っていたのである。

「その理由ってのも聞かせてもらおうじゃないか」

「自分が今まで話してきたのは、壊すという行為です。しかし、自分が本当に成し遂げたいのはただ一つ。……『守る』ことです」

「守る?」

 微かに眉を上げるロイズ。それを意に介するでもなく彼、ランチェスは続けた。

「隊長は、自身を犠牲にしてまで他人を守り抜きました。自分はその意志を汲みたいのです」

 ですから、となおも続けようとするランチェスを手で制すると、ロイズは話し出した。

「お前の言いたい事は十二分によくわかった」

「……なら」

「駄目だ」

 呼び出されたスヴェンとスリングがロイズの部屋に入ると、そこでは彼とロイズがなにやら問答を繰り返していた。しばらくそのまま待っていろ、という指令が下ったために、二人は立ちながらその会話を聞いていたのである。ただ黙って聞いているのは趣味が悪いな、とスヴェンは考えたが、命令である以上逆らえるはずもない。二人は何もせずに待つしか無かった。

 とはいえ、会話は不可抗力的に耳へ入ってくる。元々聞くつもりがなかったとしても、嫌でも内容は頭に入ってきた。

 どうやら、少年の戦車兵――ランチェスが自分もPSのパイロットに加えて欲しい。と頼み込んでいるようなのだ。先ほどからロイズはその懇願をはねのけているのだが、ランチェスもランチェスで一向に退く素振りを見せない。

 確かにその要求が認められないというのもおかしくない話である。そもそもからして彼は戦車科の人間なのだから、PSの操縦技術を持っているわけがないのだ。そんな人間に、貴重な戦力であるPSを任せる訳にはいかない。ただ単に戦力が減るというだけならば良いが、今の戦局において大切なのは「機密保持」の一点に尽きる。サウスに比べて技術で勝っているスカーブ国は、その開発技術を相手に盗まれるわけにはいかないのだ。今のところ戦局はこちらの優位で進んでいる。だが、もしもサウスのPSを生産する技術がこちらを上回った場合。勢力図は瞬く間に塗り替えられることだろう。つまり、戦闘技術で劣る彼が敗北し、その機体が相手に回ると厄介なことになりかねないのである。

「何故です!」

「まず第一に、お前は経験が圧倒的に足りない。PSに乗るのなら適正が必要だし。訓練が少なくとも百六十八時間は必要だ。不眠不休でやったとしても一週間。実際にそんなことができる人間はいないから、どんなにがんばっても三週間はかかる」

「時間がどれほどかかっても自分は構いません!」

 声を荒げているランチェスを無視して、ロイズが指を立てた。

「第二に、そもそも使えるPSがない。無いものに乗せるのはたとえこの国のどんなお偉方でも無理だろうよ。今この辺りにあるのは、フロートの残骸か、ぶっ壊れたスクラップ同然のパーツくらいのもんだ」

「……くっ! 失礼しました……!」

 悔しげに顔を歪めながら、ランチェスは踵を返した。思わずスヴェンが横に避ける。それで気付いたのか、ロイズが二人を手招きした。

「あー、そういやお前らを呼んでたな。すまん、手間取らせた」

 スリングがそれに答える。

「ああいや、オレらは別に構わねえよ。けど、どうしたんです? 今の」

「PSに乗りたいんだとよ。全く、そんな暇があったら怪我人の救護でもしてろってんだ」

「けど、そんな言い方は……」

「いいんだ、今のアイツは怒りに我を忘れてる。守るだのなんだの言ってたが、ありゃあどう考えても自分で考えを整理しきれてなかった」 

 その言葉にスヴェンは問いかける、特にこれといった証拠があるわけではない、だが、の頭には確信があった。

「でも、最終的には、彼にもPSを与えるつもりなんだろ?」

「…………チッ。なんでそう分かるんだよ」

 舌打ちをしながら、いらだたしげにロイズは答えた。

「以前もそうだった」

 隣でスリングが思い出したとでもいうような顔をする。

「ああ、確かに。オレらの時も似たようなもんだったしな」

「そういやそんなこともあった。けど、今回は状況が違う。お前らを呼んだのは他でもない、あのランチェスって野郎の面倒を見て欲しい」

「おいおい、救援に間に合わなかったオレらに、今更どうしろってんだよ?」

「何もしなくていい」

 ロイズはあまりにはっきりと言った。だが、それでは先ほどの発言と矛盾する。

「特別なことはなにもいらない。ただ、アイツの怒りを和らげられればそれでいい。普段から積極的に会話をしたりとかな」

「つまり、それはアイツと友達になれってか?」

「まあ、それに近い。そこまで親密になれと言っているわけじゃない。ただ単に、見守ってやってくれ。ランチェスは今、不安定な状態にある。特別に三日間の休暇をやる。――やってくれるか?」

 はん、とスリングは笑った。

「やってくれるか? そんなもん決まってんよ。それ以前に、アンタはオレらに命令すればなんでも思うがままじゃねえか」

「違う、これは命令じゃない。個人的な『お願い』だ」

 それを冗談だと受け止めるには、彼女の顔は真剣に過ぎた。

「……仕方ねえな」

「頼む。――スヴェンも、やってくれるか?」

「俺はそんな『お願い』なんて聞きたくはない。俺は俺個人でアイツと友達になる。あくまでこれは頼まれたからじゃない、なりたいからなる」

「ありがとう」

 さて、とスリングはロイズに背中を見せた。

「それじゃあ、ひねくれたあの少年をビシッと立ち直らせに行くとするか!」

「立ち直らせるっていうのは、少し違う気がする」

「そんなんどうだっていいだろうが。叱咤してやるのには変わりはねえよ」

「まあ、そうだけどさ……」

「じゃあ行くぞ。久々の休暇だ。暇つぶしには丁度良い」

「暇つぶしのために友達になるのかよ。お前は」

「言葉のあやってもんだ」




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