84 ただいま、私の魔王様
「魔王様……」
ルキアスはちらりとアーシャの方へ視線をやったかと思うと、今度はぞっとするほど冷たい視線でサイモンを睨みつける。
「……俺の婚約者に堂々と求婚するとは、見上げた根性だな」
「な、魔王……!?」
サイモンはいきなり現れたルキアスの剣幕に恐れおののいていたが、無謀にも言い返してしまった。
「婚約者だと……? くっ、ふざけるな! 彼女は我が国の大切な聖女だ! 魔王などにくれてやる筋合いはない! どうせ貴様など、サキュバスの愛人を百人くらい侍らせているのだろう! そんな奴の元に居て聖女様が幸せになれるわけがない!」
『うわ、偏見バリバリだな。元はといえばお前らがアーシャを生贄にしたのが悪いんだろ』
『まぁ、わたくしも初めて見た時はそう思いましたが……』
『モフクマ百匹を侍らせてるだったら、あながち間違いでもないんだけどね』
『自分から死亡フラグを立てたね……』
精霊たちの言う通り、残念ながらサイモンはルキアスの怒りに触れてしまったようだ。
「ほぉ……」
ルキアスの真っ赤な瞳が、ぞっとするような冷たさを増す。
「……人間は問題が起こった際にまず話し合いをすると聞いたのだが、無駄だったようだな」
先ほどまで晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込め、雷鳴が鳴り響く。
サイモンはひっと息を飲み、がたがたと震え出した。
今更ながら、彼は気づいたのだろう。
自分が、敵に回してはいけない相手を敵に回してしまったと。
「……仕方がない。我ら魔族の流儀で、相手をしようか」
ルキアスがにやりと口角を上げる。
その姿は、まさしく皆に恐れられる魔王そのものだった。
だが、アーシャはそんな彼の腕にそっと触れた。
「いいえ、その必要はございません」
アーシャの声に、ルキアスははっとしたように身に纏っていた殺気を和らげる。
そんな彼に微笑みかけ、アーシャははっきりと告げた。
「私、魔王城へ帰ります! だからサイモン殿下、先ほどの話はお受けできません!」
ルキアスはアーシャの言葉に驚いたように息を飲んだが、すぐに優しくアーシャを抱き上げた。
「……承知した。帰るのは今すぐで構わないか?」
「はい!」
もはやルキアスの眼中にサイモンの存在はないようだ。
アーシャが彼の首に腕を回すと、ルキアスはばさりと翼を広げた。
『魔王タクシー、魔王城行き~』
そんな嬉しそうなアクアの声と共に、二人は大空へと飛び立ったのだった。
◇◇◇
彼の腕に抱かれて魔王領へ向かう道すがら、アーシャは勇気を出して問いかけてみた。
「魔王様……私を、迎えに来てくださったのですか?」
アーシャの問いかけに、ルキアスは「何を当たり前のことを」とでもいうように口を開く。
「当然だろう。もっと早くに帰ってくると思っていたが、便りひとつないので……もしや人間どもに監禁でもされているかと思って迎えに来たんだ」
その言葉に、アーシャの胸は熱くなる。
(また、迎えに来てくれたんだ……)
少なくともまだ、彼はアーシャのことを気にしていてくれたのだ。
「君がいなくなってモフクマたちが寂しがっている。ファズマもいつも以上にカリカリしているし、バルドの奴もぎゃあぎゃあとうるさい」
「ふふ、みなさんお元気そうですね」
他愛ない会話を交わしているうちに、国境の森を越えだんだんと魔王城が近づいてくる。
その前に、聞いておかなければ。
「あの、魔王様……」
「どうした?」
おずおずと声をかけると、ルキアスは優しく先を促してくれる。
アーシャはごくりとつばを飲み込み、意を決して口を開いた。
「……魔王様が、以前お世話になったという人間の女性には会えましたか?」
その言葉に、ルキアスは驚いたように目を丸くした後、苦々しく呟く。
「……どうやら、やたらと口の軽い輩がいるようだな」
「ごめんなさい、聞かない方がよかったでしょうか……」
「いや、構わない」
ルキアスはアーシャを抱えなおすと、はっきりと告げた。
「あぁ、やっと取り戻すことができた。……今、この腕の中に」
「え?」
アーシャは慌ててきょろきょろと周囲を見回したが、もちろん他には誰もいない。
そんなアーシャの様子を、ルキアスはどこか愉快そうに眺めていた。
「え、あの……どういうことですか?」
「見たままだが」
「だって、ここには誰もいないじゃないですか。何か勘違いをなさっているのでは……」
「勘違いしているのは君の方だろう。いったい何を聞いたんだ」
「魔王様が昔、人間の女性にお世話になって、魔王領が平和になったらその方を迎え入れるつもりだと……」
「あぁ。実際は少し予定が早まったが、かえってよかったかもしれないな」
「え?」
首をかしげるアーシャにくすりと笑うと、ルキアスはぐっと顔を近づけてきた。
「人間の成長速度はよくわからなかったが、そろそろいいだろう」
「はひゃ!?」
「君が昔、傷を負った俺を癒してくれた時から……いつか、君を迎え入れたいと思っていた。魔王なんて面倒な立場にまで就いて、ひとまず争いに終止符を打つことができたんだ。……これで、準備は整った」
「え、え……?」
「君は人間の王子の婚約者なんて厄介な立場になっていて、もう王国ごと滅ぼすしかないかと思っていたが、都合よく生贄として君を送ってくれたからな」
「それって……」
「君の記憶が戻り、俺との出会いを思い出してくれたのなら……本格的に口説こうかと」
「くっ、口説く……!?」
「覚悟をしておけ、アーシャ」
ルキアスがアーシャの額に口づける。
その途端に、精霊たちが一斉に騒ぎ出した。
『てめえぇぇぇぇ! やっぱりやりやがったな!!』
『許せませんわぁぁぁ!!』
『あは、やっぱりモテ期じゃ~ん』
『波乱の予感……』
「あわわわわ……」
様々な感情がごちゃ混ぜになって、アーシャは一気に混乱してしまう。
そんなアーシャを見て、ルキアスはひどく嬉しそうに笑った。
やがて、アーシャの目に懐かしい魔王城の姿が見えてくる。
近づくにつれ、はっきりと見える。
魔王城の正門前に多くの者たちが集まっているのが見えた。
ファズマにバルドにプリム。それにたくさんのモフクマたちがぶんぶんと大きく手を振っていた。
(帰って、きたんだ……)
懐かしいその姿に、胸が熱くなる。
「お帰り、俺の聖女殿」
ルキアスが優しくそう囁く。
「はい……! ただいま帰りました!」
新たな日々の予感を胸に、アーシャは笑顔で頷くのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
なんとか書き始めた当初に考えていたエンディングまでたどり着くことができました!、
ということで、この作品はひとまず完結とさせていただきます。
…とはいってもまだまだ二人の恋愛は始まったばかりで、私としても書き足りない、もっと書きたいエピソードはたくさんあります。
そのうち番外編とか新エピソードとか追加したいと思っておりますので、たまに見に来てくださると嬉しいです。
また現在、コミカライズも好評連載中です!
→( https://comic.pixiv.net/works/8367 )
深山じお先生の描かれるアーシャやルキアス、他のみんなもとっても素敵なのでぜひぜひチェックしてください!




