82 寂しさと切なさと
数日ぶりに訪れた王都では、驚くほど状況が一変していた。
「というわけで、両国は不可侵条約を結びこの度の災害への支援も申し出ました。まぁ、恩を売っておいて損はなさそうですからね」
いったいどんな手段を使ったのか、ファズマはアレグリア王国との国交を築いていたのだ。
「武力だけを考えれば我々の圧勝ですが、この国の技術力には目を見張るものもあります。うまいこと利用……ではなく、持ちつ持たれつの関係を築いていければと」
「確かに、農業や縫製業などはアレグリア王国の方が発展していますからね……」
魔族たちが戦に明け暮れていた時、人間たちは生活を豊かにしようと自らの持つ技術を発展させていった。
きっとルキアスやファズマが本気を出せば、今のアレグリア王国を制圧することなど容易いだろう。
だが、彼らはそうしなかった。友好的に共存する道を模索してくれたのだ。
それが、嬉しい。
(農業の知識はバルドさんが興味を示しそうですね。織物や仕立ては、プリムさんが喜びそう……)
彼らの顔を思い出し、自然とアーシャの顔もほころぶ。
「さて……ある程度の算段は着けましたので、我々は一度魔王城に戻りましょう。留守の間の守りは万全にしてきたつもりですが、あまり玉座を不在にしすぎるとよからぬものが魔王の座を奪い取ろうと画策しかねませんので」
「そうなったら潰すまでだ」
「そうならないように努力してくださいよ」
あまり帰りたくなさそうなルキアスだったが、ファズマに説得されて渋々帰る気になったようだ。
そんなルキアスの視線が、アーシャの方を向く。
「君は――」
「聖女様! どうかお力添えをいただけないでしょうか!」
その時、背後から切羽詰まった声が聞こえ、アーシャは慌てて振り返る。
見れば、市井の民と思われる者が、懇願するようにアーシャを見ていた。
フレアたちの尽力のおかげで、精霊の暴走は治まった。
だが未曽有の災害で壊れてしまったものも多い。まだまだ復興には手が必要で、アーシャの力が必要な場面も多いのだろう。
「……わかりました、少々お待ちください」
助けを求める民にそう告げ、アーシャはあらためてルキアスの方を振り返る。
そして、意を決して告げた。
「私は、ここに残ります」
ここにはまだ、アーシャの力を必要としている者がたくさんいる。
それに比べて、魔王領は……もう、アーシャの力がなくてもやっていけるだろう。
彼らは変わり始めている。収穫祭の日に、アーシャは確かにそう感じたのだ。
ルキアスはじっとアーシャを見つめ、一言だけ呟いた。
「そうか」
それだけ言うと、彼はくるりと踵を返す。
その反応を驚いたように見つめていたファズマも、彼の後に続く。
だが一度立ち止まり、素っ気なく口を開いた。
「ポチが寂しがっています。用が済んだらさっさと戻ってきてください」
「…………はい」
二人の背中に向かって、アーシャは深く頭を下げる。
次に頭をあげた時、もう彼らの姿はそこになかった。
「聖女様……?」
ぼんやりと彼らが立ち去った方向を見つめるアーシャに、周囲の者が心配そうに声をかけてきた。
「……大丈夫です、行きましょう」
胸の奥からこみ上げる、泣きたくなるような切なさに気づかない振りをしながら、アーシャは「聖女」として凛と歩み出した。




