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80 私は私にできることを

「みなさん、すぐにあの装置を止めてセルマン殿下を助け出しましょう!」

『え、あいつだけはほっといていいんじゃねぇの?』

『そもそもの元凶ではないですか』

『むしろ装置ごと水に沈めようよ』

『土に埋めてもいいかも……』

「駄目ですー!」


 口々にセルマンを口撃する精霊たちを宥め、アーシャは装置に近づく。

 元々は水晶に閉じ込めた精霊の力を使い、人間を精霊へと変化させる装置……であるらしいのだが、ファズマが精霊たちを救出したことにより本来の動作はしていないはずだ。

 セルマンが生きていることを祈りながら、アーシャはおそるおそる装置の扉を開く。


「セルマン殿下!」


 中では、セルマンがぐったりと倒れていた。

 慌てて引っ張り出すと、衰弱はしているようだが確かな呼吸が感じられ、アーシャはほっと安堵に胸をなでおろした。


「カティア様、力を貸していただけないでしょうか」


 側でへたり込んでいたカティアに声をかけると、彼女は驚いたように顔をあげた。


「わ、私……?」

「カティア様は優れた癒しの魔法の使い手だと伺いました。私も癒しの魔法の心得はありますが、一人よりも二人の方が効果はあると思いませんか?」


 そう優しく呼びかけると、カティアはうろうろと自信なさげに視線を彷徨わせた。


「でも、私……優れた癒しの魔法の使い手なんて実力はなくて――」

「構いませんよ。一番大事なのは、救いたいという想いですから」


 そう告げると、カティアは逡巡した様子を見せた後……しっかりと頷いてみせた。


「……わかったわ」


 そう言うと彼女はアーシャと共にセルマンへと癒しの魔法をかけ始めた。

「王妃になりたいがためのでたらめだった」とは言っていたが、セルマン自身への愛情はあったのか、それとも彼を騙していた罪悪感からか……カティアは常に取り澄ました普段のイメージからは信じられないほど、必死に癒しの魔法をかけている。

 ……彼女の中で、何か変化があったのかもしれない。


(……誰だって、失敗をしたり誤った選択をすることはある。大事なのは、そこからどうするかですよね)


 ルキアスとファズマに聞かれたら「甘すぎる」と盛大に顔をしかめられそうなことを考えながら、アーシャも必死に癒しの魔法をセルマンへと注ぐ。


『まったく、この屑王子を助けるなんて癪ですが……』

『アーシャがそう言うなら、今回だけだからね!』


 ウィンディアとアクアも渋々といった様子で癒しの力を発動させてくれた。

 柔らかな癒しの風と、すべてを許すような慈雨がセルマンの体へと降り注ぐ。

 強大な力を持つ精霊のおかげか、荒かったセルマンの呼吸もすぐに落ち着いた。


「よし……セルマン殿下は大丈夫そうですね。カティア様、殿下をお願いいたします」

「あなたは、どうするの……」

「皆と一緒に、精霊の暴走を鎮めます。一刻も早く、この国の民が元の生活に戻れるように」


 セルマンをカティアに任せ、アーシャは立ち上がった。

 その姿を見上げ、カティアは顔をくしゃりと歪め、ぼそりと呟く。


「私が、勝てるわけがなかったのね……」

「え、何か言いましたか?」

「……いいえ、なんでもないわ」


 カティアは静かに首を横に振ると、再びセルマンへと癒しの魔法をかけ始めた。


(セルマン殿下とカティア様は……大丈夫そうですね)


 そうひとりごちて、アーシャはその場から駆け出そうとした。

 だが背後から軽く手首を掴まれ、アーシャは立ち止まった。


「魔王様?」


 振り返ると、ルキアスが引き止めるようにアーシャの手を掴んでいたのだ。


「どこかへ向かうのなら俺が送ろう。君の翼となって」


 それは、以前誘拐されたアーシャを迎えに来てくれた時と同じ言葉だった。


『けっ、かっこつけやがって』

『なんとか理由を付けてアーシャを抱っこしたいだけではないのですか? 不埒ですわ!』

『へぇ~いい感じじゃん』

『タクシー代わりに利用しちゃえばいいんじゃない?』


 きゃいきゃいと騒ぐ精霊たちを尻目に、アーシャはの胸はじんわりと熱くなる。


(また、会えたんだよね……)


 両親が亡くなって、アーシャの人生は一変した。

 精霊と話せるようになり、神殿へと引き取られ、気が付いたら聖女にまでなっていた。

 めまぐるしく移り変わる生活の中で、アーシャはまるで自分が、あの小さな村で過ごしていた自分とは別人になってしまったかのようにも感じていた。

 だが、そうではなかった。

 ルキアスは、小さなアーシャのことを覚えていてくれた。

 もう一度、見つけてくれたのだ。


「……はい!」


 ルキアスが差し出した手を、アーシャは強く握りしめた。

 ルキアスがアーシャを抱き上げ、そのまま二人は空高く舞い上がる。


「ファズマ、後の処理は任せた」

「よろしくお願いしまーす!」

「まったく、どいつもこいつも……」


 ぶつくさいいつつも、口元に笑みを浮かべたファズマが「了解」とでもいうように手をあげる。

 そんなファズマに手を振りつつ、アーシャは地平線の向こうを見据える。


(聖女の力、発揮しちゃいますか!)


「それじゃあ、行きましょう!」

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