78 名誉が回復されました
「ごめんなさい、嘘です! わたくしには聖女の力なんてございません!」
なんとカティアは、そう言ってその場に平伏してしまったのだ。
その様を冷たい目で見降ろし、ルキアスは底冷えしそうな声で告げる。
「ふん、命乞いのつもりか? それならば洗いざらい貴様の罪を吐き出せ」
「うぅ……私は王妃になりたいがために、セルマン殿下にでたらめを吹き込みました……。平民上がりの女が聖女なんておかしい。貴族であり優れた癒しの力を持つ私の方が適任だと……」
「……なるほど。つまり貴様は、私欲に駆られ身勝手にも前聖女を貶めたというわけか」
「こんなことになるとは思っていなかったんです! 聖女なんて、ただのお飾りの名誉職だと……もう聖女の座はお返しします! だからお願いです、命だけはお助けをぉぉ……!
さめざめと泣きながらそう自白するカティアに、アーシャは嘆息した。
「そういうこと、だったんですね……」
つまりは王妃になりたいカティアがセルマンに嘘を吹き込み、アーシャから聖女の座を奪い取ったというわけだったのだ。
(……聖女の役目について、きちんと周知できていなかったこちらにも落ち度はありますね。王妃の座についても、もっとちゃんと話をしていれば国の慣習を変えることもできたかも……)
アーシャがそう己を顧みていると、ルキアスがくるりとこちらを振り返る。
「だ、そうだ」
先ほどまでは何の感情もなくカティアを見下ろしていたルキアスだが、アーシャの方を振り返った途端ににやりと笑う。
「これだけの証人がいるんだ、後で言い逃れはできないだろう。……君の汚名を晴らせたのならいいのだが」
「魔王様……」
(まさか、私のために……?)
カティアの自白を聞き、集まっていた観衆はざわめき立っている。
先ほどの脅しは衆人環視の中でカティアの自白を促し、アーシャの名誉を回復するための策だったのだろうか。
彼が自分のために動いてくれたことが嬉しくて、アーシャはにこりと笑った。
「……ありがとうございます、魔王様」
先ほどの凶悪な魔王然とした態度は鳴りを潜め、ルキアスは優しい目でアーシャを見つめている。
その場に和やかな空気が流れかけたが、それをよしとしない者がいた。
「俺を、騙していただと…………?」
ゆらりとセルマンが立ち上がる。
その顔はひどい怒りと憎悪に満ちていて、アーシャは思わずびくりと肩を跳ねさせてしまった。
「どいつもこいつも、コケにしやがって……!」
セルマンの視線がこちらへ向いたが、すぐにルキアスがその視線を遮るようにアーシャの前へと立った。
セルマンは悔しそうに拳を握り締め、今度は真っすぐにカティアを睨みつけた。
「お前が、お前のせいで……!」
「ひっ!」
その苛烈な視線を受けたカティアが小さく悲鳴を上げる。
セルマンがつかつかとカティアの傍へ歩みを勧め、乱暴な手つきで彼女の細い腕を引っ張り上げた。
「っ……!」
「ふざけるなよ、お前のせいで俺は王太子の地位を剥奪されかけているんだぞ!?」
かつての(呆れるほど)愛し合っていた恋人同士の姿はもうそこにはなかった。
セルマンはひたすらにカティアに怒りをぶつけ、カティアは怯え切っている。
その凄惨な状況に、アーシャはカティアを庇うのも忘れてルキアスの影に隠れていた。
「こんな状況でも国や民ではなく己の心配か。……哀れだな」
ルキアスが心底軽蔑したようにそう吐き捨てる。
アーシャはごくりと唾を飲み、ぐっと拳を握る。
(とにかく今はセルマン様を止めて、この状況を何とかしないと……)
まだ精霊の暴走は収まっていない。
フレア、ウィンディア、アクア、アース……この国の精霊たちに大きな影響力を誇る彼らを解放し、なんとか精霊たちを宥めなくては。
そう決意したアーシャは一歩足を踏み出そうとした。
だが、先に動いたのはセルマンだった。
「こうなったら貴様が責任を取れ! 来い!」
「きゃあ!」
セルマンはカティアを引きずるようにして歩き出した。
その先にあるのは……先ほどアーシャが入れられかけていた、人間を精霊化するというあの装置だ。
(まさか、カティア様を……!? あの装置には、みんなも囚われているのに!)
「駄目です、セルマン様!」
装置を起動すれば、カティアだけでなくアーシャの愛する精霊たちも消えてしまうかもしれない……!
アーシャは必死にセルマンを止めようと駆け出した。
だが、間に合わない。
「俺は間違っていない! 俺が、俺だけがこの国の王にふさわしいんだ……!」
セルマンは狂気的な笑みを浮かべ、装置に手をかける。
「喜べカティア。この装置を起動すれば、お前はこの国の救世主だ。嘘つきで無能なお前も、この捕らえた精霊の力で――」
「あぁ、それはもう回収しました」
「は?」
その時、装置の影からひやりとした声が響いた。
そして、姿を現したのは……。
「ファズマさん!?」
なんと、(実質一人しかいない)四天王の一人――ファズマだった。




