7 魔王城へ招待されました
「我が主により、あなたを城へお招きするように命じられております。どうぞ、こちらへ」
「わぁ、ご丁寧にありがとうございます」
《おい、アーシャ! こんな胡散臭い奴の言うことなんて信じるなよ!》
《そうですわ! 相手は魔族ですのよ! どんな卑劣な手を使ってくるかわかったものではありませんわ!》
《とりあえず主が誰か聞いてみたら?》
《情報収集、大切……》
精霊たちにアドバイスを受けて、アーシャは慌てて踏み出しかけていた足を止めた。
すぐに相手の言うことを信じてしまうのはアーシャの悪い癖だ。
「えっと……あなたの主というのは、どんな方なんですか?」
「この辺り一帯を支配する魔王陛下です」
「魔王!?」
《やべぇよ……いきなりラスボス来ちゃったじゃねぇか!》
《最初の町の次はラストダンジョンなんて聞いてませんわ!》
《きっと自由度高いのが売りなんだよ》
《最速クリア、いけるかもね……》
いきなり魔王の使いが接触してくるという異例の事態に、精霊たちも困惑しているようだ。
アーシャもごくりと唾を飲み、背筋を伸ばす。
意図はわからないが、目の前の青年はアーシャを魔王城へと招こうとしている。
強大な力を持つ魔王が支配する城――アーシャとて危険な場所だということはわかるが……。
「そこに、ごはんはありますか?」
「は?」
アーシャの問いかけに、目の前の青年はぽかんと間の抜けた表情を浮かべた。
「あの、今なんと?」
「いえ、お恥ずかしながら私すごくお腹が空いておりまして……あつかましくもごはんを頂けるのでしたら、喜んでご相伴にあずかります」
得体の知れない魔王は恐ろしい。だが空腹には勝てなかった。
魔王だろうが何だろうが、向こうから招いたのならごはんくらいは用意してくれるだろう。
そんな期待を込めての問いかけに、魔王の使いは頬をひきつらせた。
「……さすがは音に聞こえし聖女。魔王陛下の名にも動じないとは……。承知いたしました、とびっきりのディナーをご用意いたしましょう」
「ありがとうございます!」
《アーシャ! さすがにそれはヤバいだろ!!》
《仕方ありませんわ。昔からアーシャはこういう子でしたし……。わたくしたちが、きっちりアーシャを守ってあげなければ》
精霊たちも納得してくれたようなので、アーシャはうきうきと青年の後に続く。
「こちらへどうぞ」
羽を休めているドラゴンの手前で、青年はアーシャに向かって手を差し出した。
「このドラゴンに乗るんですか?」
「えぇ、恐ろしいですか?」
「わぁ! すっごいごつごつしてる。足つぼマッサージによさそうですね!」
「…………あの、あまり無遠慮に触れるとドラゴンのストレスになるので、ほどほどにしてもらってもいいですか」
興味津々にウロコの感触を確かめるアーシャに、ドラゴンは少々困ったような顔をしていた。
青年は慌ててアーシャをドラゴンから引き離し、問答無用でドラゴンの背に座らせる。
すぐにドラゴンは大地を蹴るように大空へと舞い上がり、風を切るように飛翔した。
「ふふ、恐ろしいですか? このスピードにこの高さ。落ちたらひとたまりも――」
「あっ、あの建物は何ですか?」
「こらっ、そんなに乗り出して落ちたらどうするんですか!」
前のめりになりすぎてうっかりドラゴンの背中から転落しかけたアーシャを、魔王の使いの青年が慌てて引き戻してくれる。彼の表情には、「何だこいつ」という困惑がありありと見て取れた。
「少しは大人しくできないんですか! 賓客であるあなたになにかあれば、私の首が飛ぶんですよ!?」
「す、すみません……」
なんとなく申し訳なくなって謝罪し、アーシャはしゅん、と小さくなった。
だがすぐに気を取り直し、背後の青年に声をかける。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私、アレグリア王国から参りました渡り人のアーシャと申します。あなたは魔王の配下なのですか?」
「えぇ、ビーストテイマーのファズマと申します。恐れながら、四天王の一人として名を連ねておりますので、お見知りおきを」
「四天王さんですか! てっきり中ボスくらいのポジションかと思いました」
「ストレートに失礼ですね、あなた」
そんなやり取りをしているうちに、眼前にまがまがしい雰囲気の城が姿を現した。
暗雲に包まれた不気味な城が、稲妻に照らされるようにして不気味なシルエットを浮かび上がらせている。遠目にも、その城の異様な雰囲気が伝わってくるようだった。
(あれが、魔王城……)
びりびりと肌を刺すような気迫に、アーシャは知らず知らずのうちにごくりと唾を飲みこんだ。