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66 大変な事態です

 どうして彼がここにいるのかはわからないが、探していた相手に会えたのは幸運だ。


「セルマン殿下、大変です! 殿下にお会いするために神官長を尋ねたら、こうして捕らえられまして……何か不測の事態が起こっているのかもしれません!」


 アーシャは必死に、今の状況をセルマンに訴えかけた。

 彼は国を守るべき立場の王太子なのだ。きっと、協力してくれるはず……。

 アーシャは、そう信じて疑わなかった。

 だが、真面目な顔でアーシャの話を聞いていたセルマンは……急におかしくてたまらないとでもいうように笑いだしたのだ。


「くっ、くく……アハハハハ!」

「殿下……?」

「……お前は本当の愚かだな、アーシャ」


 セルマンがゆらりと顔を上げる。その瞳は、嘲るような光を宿していた。


「誰の命で、お前がここに捕らえられているのかわからないのか?」

「それは、どういう……」

「俺が、神官長に命じたんだ。お前を捕まえ、ここに連れてくるようにと」

「え…………?」


 予想もしなかった答えに、アーシャは絶句した。


「そんな、どうして……」

「わからないのか?」


 セルマンが一歩一歩こちらへ近づいてくる。

 昏い目をした彼からただならぬ気配を感じ、アーシャは反射的に後ずさった。

 だが、鎖に戒められた足では数歩も逃げられない。


「っ……!」


 壁際に追い詰められたアーシャは、怯えを含んだ目で迫りくるセルマンを見つめることしかできなかった。

 こんな風に誰かを、何かを恐れたのは初めてかもしれない。

 ずっと昔から、アーシャには精霊たちがついていてくれた。

 彼らがいれば、何も怖くはなかった。寂しさも忘れることができた。

 だが、一人ぼっちのアーシャは何もできない弱い人間に過ぎないのだ。

 そう気づかされてしまい、アーシャは愕然とした。

 セルマンはアーシャの目の前で立ち止まると、くつくつと笑う。

 そして、ぬっと腕を伸ばしたかと思うと……力強く、アーシャの細い首を掴んだのだ。


「ぐっ……!?」

「何もかもお前のせいだ。生贄に捧げられたはずのお前がのうのうと生きているから、この国はめちゃくちゃになってしまった」

「それは違います! きちんと聖女が精霊たちに祈りを捧げていれば、こんなことには……うぐっ!」


 口答えした途端強く首を絞められて、喉から出かかった言葉ごと握りつぶされてしまう。


「黙れ……黙れよ!」


 セルマンはぐいぐいと首を絞める手に力を込めてくる。

 苦しさに意識が遠のきかけた頃、ぱっと解放され、アーシャは床に崩れ落ちながらもごほごほと懸命に空気を吸い込んだ。


「何もかもお前が悪いんだ。カティアは優れた力を持つ最高の聖女なのに! お前が邪魔ばかりするから……!」


 再びセルマンが腕を伸ばしてくる、恐怖に息をのむと、セルマンは楽しくてたまらないとでもいうように笑った。


「無様だな、アーシャ。だが安心するといい。お前にはまだ利用価値がある。ここで殺すわけにはいかない」

「利用価値……?」

「あぁ、この国を救い、王家の威信を取り戻すための大切な駒だからな」


 セルマンの手が、まるで愛しい恋人に触れるかのようにアーシャの頬を撫でた。

 その手つきに、ぞわりと全身に鳥肌がたつ。


「神殿の禁書庫に何があるか知っているか?」


 セルマンが小声でそう囁く。アーシャは彼を刺激しないように、自らの知識を総動員して静かに口を開く。

 一度は聖女の座に就いたアーシャには、神殿の奥に封じられた空間――禁書庫にどんなものが眠っているのかも伝え聞いていた。


「……いにしえの、表に出してはならない禁術が封じられていると伝え聞いております」


 ここアレグリア王国は、遥か昔から精霊の加護を受け繁栄してきた国だ。

 だが長い歴史の中には、精霊に感謝し共存しようというのではなく、精霊を道具のように支配し、その力を使役して更なる発展を遂げようとする動きもあったのだという。

 その過程で、倫理に反する危険な研究も行われたらしい。

 結局は、精霊たちの怒りを買うことを恐れた当時の神官長により、神殿の奥深くの禁書庫に封じられたそうだが……。

 そう考えた時、アーシャの胸に嫌な予感がよぎる。


(そんな、まさか……)


 神殿に戻った時に目にした、アーシャと共にいた精霊たちを閉じ込めた謎の結晶。

 まさか、あれは……。


「……禁術を、蘇らせてしまったのですか」


 呆然としたまま、アーシャは問いかける。

 その言葉に、セルマンは愉快でたまらないとでもいうように笑った。


「あんな便利な術があるというのに、なぜ神殿の奴らは今まで放置していたんだ? 理解に苦しむな」

「そんな……今すぐ禁術の研究を中止してください! あれは危険なものです!!」


 アーシャは必死にそう縋った。

 この国の民にとって、精霊の存在は空気や水のようになくてはならないものだ。

 精霊たちと共存しているからこそ、その恵みを享受することができ、この国の民は生きていける。


 ……裏を返せば、精霊たちの反感を買えばこんな小国など一夜で滅んでしまうのだ。


 未曽有の災害が続く今の事態などまだ序の口。

 聖女という標を失った精霊たちが、ただ好き放題暴れているだけなのだから。

 だが、その力が明確に人間へと敵意へと変われば――。


(間違いなく、国は滅亡する……!)


 そう気づいてしまい、アーシャはぞっとした。

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