63 確かな違和感
(思った以上にひどい状況……)
精霊たちの助けもあり森を抜け、なんとか王都まで戻ってくることができた。
その途中にいくつもの村の様子を確認したが……思った以上に状況は悪いようだ。
あるところでは酷い干ばつ。その隣の村では終わらない長雨。
アーシャが頼むとその土地の精霊たちはすぐに異常気象を終わらせてくれたが、各地で同じような状況が発生しているのだとしたら、その被害は計り知れない。
雨に降られ、強い日差しに照らされ、ボロボロになりながらもアーシャは王都にたどり着いた。
一刻も早く、セルマンに会わなくては。
「あの手紙は神殿から来たから、とりあえず神殿に向かえばいいかな」
神官長に面会し、そこからセルマンへとコンタクトを取ってもらおう。
そう決意し、アーシャは懐かしい神殿を目指して足を進めた。
かつては華やかだった王都も、今はひどい有様だった。
通りでは避難民と思われる者たちが元々の住人と言い争っており、酷い時には兵士に連行されていく。にぎやかだった市場もすっかりさびれ、人々がわずかな物資を争っている。
その光景にアーシャは胸を痛めた。
「まさかこんなことになるなんて……」
『アーシャのせいではありませんわ。悪いのはすべて王太子と紛い物の聖女なのですから』
『そうそう、気にしない方がいいよ!』
『自業自得……』
『あのクソ野郎にあったら一発殴ってやるから心配すんなよ!』
いつもながらに過激な発言を繰り返す精霊たちに慰められ、アーシャは気を取り直した。
「……ありがとうございます。でも殿下を殴るのは控えてくださいね」
そう言い含め、神殿へ向かう通りへ急ぐ。
たどり着いた神殿は、アーシャが去った日と変わらずに荘厳な空気を纏いそこに佇んでいた。
入口には二人の衛兵がおり、中へ入ろうとするアーシャを制した。
「何者ですか。ただ今内部へ立ち入りは禁じられております、お帰り下さい」
「私はアーシャと申します。カティア様の前に聖女を務めておりました。神殿より便りをいただいたので、神官長への面会を希望します」
「前聖女……!?」
衛兵たちは驚いたように顔を見合わせ、何やらひそひそと話し合っている。
「本物か……?」
「容姿は聞いていた通りだ。だとしたら――」
「――へお連れして……」
首をかしげるアーシャに、彼らはどこか固い表情で振り返った。
「……承知いたしました、こちらへどうぞ」
どうやら中へ入れてくれるようなので、アーシャはほっとした。
だが懐かしい神殿内を進むうちに、アーシャは違和感を覚えた。
(どうしてこんなに人が少ないの……?)
アーシャがいた頃の神殿は、礼拝者や巫女や神官の活気で溢れていた。
だが今は、まるで建物が死んでしまったかのようにわずかな話し声すら聞こえない。
ただアーシャたちの足音が、大理石に反響するだけだ。
(各地で精霊たちの暴走が起こっているから、皆出払っているのかしら……)
そう推測してみたが、どうにも胸騒ぎが収まらない。
やがてたどり着いたのは、神殿の中枢部――祈りの間だ。
重い扉を抜けた先には、幾人かの神官が控えていた。
「よくぞお戻りになられました、先代聖女様」
そう言ってアーシャを迎えてくれたのは、懐かしい神官長……ではなかった。
身に着ける装束は神官長のものだ。だが、アーシャはその人物に見覚えはなかった。
(私がいなくなってから、神官長が交代したの……?)
戸惑うアーシャをどう思ったのか、新たな神官長は穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「こうしてお会いするのは初めてですね。先代の神官長が急に体調を崩され引退されたので、こうして私が新たに神官長の座を引きついたのです」
「そうだったのですね……」
そう事情を説明されても、アーシャの中の疑念は晴れなかった。
(神官長が交代する場合、新たな神官長は上級神官の中から選出されるはず。でも私は、この人を知らない……)
もともと聖女であったアーシャは、当然上級神官の名前と顔は頭に入っている。
だが目の前の神官長に見覚えはない。これは、どういうことなのだろうか。
思わず視線を逸らしてしまったアーシャは、祈りの間の床全体に奇妙な紋様が描かれていることに気が付いた。
「あの、これは……?」
「各地で荒ぶる精霊の怒りを鎮めるための儀式を行っていたのです。どうか、聖女様もお力を貸していただけませんか」
『アーシャ、この部屋なんかおかしいよ』
『嫌な気配がぷんぷんだな』
『ここはいったん退いた方がよさそうですね……!』
『撤退推奨……』
精霊たちのこの状況に違和感を覚えているようだ。
アーシャ自身も、ぴりぴりと肌を刺すような張りつめた空気を感じている。
これは、明らかに何かがおかしい。




