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60 このもやもやは何なのでしょう

「それは……何か、心変わりをするような出来事でもあったのでしょうか……」

「えぇ、その通りです。あなたは何も考えていないように見えて、意外に鋭いですね」


 いつもの皮肉も、きっとアーシャを元気づけようと思ってわざとそう言っているのだろう。

 ……彼が本当に伝えたいのは、ルキアスの暴虐な過去ではない。

 きっと、そんな彼がどうして変わったのかという部分なのだろう。

 直感的にアーシャはそう感じた。だとすると、「聞けばアーシャが傷つくという真実」は……この先にあるのかもしれない。

 覚悟を決めて、アーシャは真剣な表情でファズマを見つめ返した。

 その視線を受けて、彼は静かに続けた。


「ある時……ルキアス様と敵対するいくつかの種族が、同盟を組んで奇襲を仕掛けてきたことがありました。不意を突かれたルキアス様は重傷を負い……たまたま結界の緩んでいた人間の国へ逃げ込んだのです」

「結界の緩んでいた人間の国……まさか、アレグリア王国!?」


 驚くアーシャに、ファズマは頷いて肯定してみせた。


「えぇ、しかしまさかルキアス様が人間の国へ逃げ延びているとは思わず、我々は彼が死んだものだと思っていました。しかししばらくの後に彼は再び姿を現し……戦いを終わらせこの地を平定するとおっしゃられたのです」

「それじゃあ……人間の国で何かがあって、考え方が変わったということですか?」

「その通りです。そして……一度だけ、その時に何があったのかを私は聞いたことがあります」


 そこまで言うと、ファズマはアーシャから視線を逸らした。

 そして、小さく告げた。


「……人間の女性に出会ったそうです。彼女に助けられ、何の見返りもなしに他者を愛し慈しむ心を知ったのだと。この地に平和をもたらし、いつか彼女を招きたいと。そうおっしゃっていました」


 ファズマの言葉に、アーシャは胸の奥に鉛が詰まったかのような苦しさを覚えた。


(魔王様が変わったのは、人間の女性に出会ったから。魔王領を変えようとしているのも、彼女のため……魔王様は、その人を愛していらっしゃるんだ……)


 その事実に、アーシャは自分がひどく動揺しているのに気が付いてしまった。

 彼が愛しているのはその人間の女性で。魔王領の改革もひいては彼女のため。

 アーシャは、そのための道具でしかないのだ。


(そんなの、わかっていたはずなのに……)


 彼が必要としているのはアーシャ自身ではなく、魔王領を改革するための聖女の力なのだ。

 わかっていた、はずなのに……。


(どうして、こんなに苦しいのでしょう……)


 脳裏にルキアスと見知らぬ女性が寄り添っている光景が浮かび上がる。

 アーシャは素直に祝福するべきなのだ。彼が人を愛する心を知り、その愛を遂げたことを喜ぶべきなのに……。


「……聖女様」


 ファズマに呼びかけられ、アーシャははっと我に返った。

 見上げれば、彼はひどく気づかわし気な視線をこちらへ注いでいる。


「ですので、僭越ながら……あまり、個人として魔王陛下に深入りするべきではないかと存じます。……あなた自身のためにも」


 まるで己の心の内を見透かされているような気がして、アーシャは俯いた。

 その反応をどう思ったのか、ファズマはアーシャの肩を軽くつかんで焦ったようにまくしたてた。


「ごっ、誤解しないでいただきたいのは陛下が別の女性を迎え入れたからと言って、あなたの立場や功績までが消えるわけではないですからね!? あなたがいなくなればモフクマや私の魔獣たちも寂しがるでしょうし、まだまだ魔王城は人手不足です。なので、あなたに出ていかれては困ります!」

「え…………」


 驚いて顔を上げると、ファズマは「しまった!」とでもいうように手で口を抑えた。

 そんな彼の反応を見て、アーシャはくすりと笑ってしまう。


「ふふ、ありがとうございますファズマさん。私……ここにいてもいいんですよね」

「ま、まぁ……食費居住費以上の仕事はしているようですからね!」


 照れ隠しのようにそっぽを向いたファズマに、アーシャはじんわりと胸が暖かくなるのを感じた。


(……そうだよね。魔王様に想い人――もしかしたら恋人がいたとしても、私のやることは変わらない)


 ここで暮らす者たちのために、聖女として尽力し続けるだけだ。


(バルドさんも、プリムさんの、それぞれ自分のやりたいことを見つけていた……確実に、いい方向に向かってるんですよね)


 その変化を喜ばしく思うと同時に、ひやりと嫌な考えがよぎってしまう。


(でも皆がいい方向に変わったのなら、私は用済み……?)


 一瞬そんな考えが頭に浮かんだが、すぐに振り払いアーシャは礼を言う。


「……ご心配頂きありがとうございます、ファズマさん。でも、私は大丈夫です。魔王様がその女性を迎えに行けるように、しっかりと準備しますね!」

「……あまり、無理はなさらないように」


 それだけ言うと、ファズマは去っていった。

 その後姿を見送り、アーシャは自室へと足を踏み入れる。

 そして……思いっきりベッドに倒れ込み、ぎゅっと枕に顔を埋めた。


『アーシャ……』


 精霊たちが気遣わし気に声をかけてくるが、喉の奥が苦しくて返事もできない。


(大丈夫。寝て朝になれば、いつもの私に戻れるから……)


 ごろんと横になると、どうしてもルキアスの寝室へ呼ばれる時のことを思い出してしまう。


(……想い人がいながら別の女性を寝室に入れるなんて、いくら抱き枕扱いとしても不誠実じゃないですか!?)


 そう考えるとなんだかむかむかしてしまい、アーシャはぷくっと頬を膨らませる。。


(魔王様のバカ……)


 精霊たちやモフクマからちらちらと気づかわし気な視線を感じたが、気づいていない振りをしてアーシャはぎゅっと目を閉じた。

 だがその時、不意に不思議な魔力を感じアーシャは飛び起きた。

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― 新着の感想 ―
どうかんがえても同一人物です。ほんとうにありがとうございました。
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