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57 魔王様との空中散歩

 いつの間にやって来たのか、魔王ルキアスがふわりとアーシャの目の前に降り立った。

 彼は唖然とするアーシャの頭のてっぺんからつま先までをゆっくりと眺めると……誰をも魅了するような蠱惑的な笑みを浮かべた。


「今日は一段と輝いて見えるな、聖女殿」

「あ、う……」


 急にそんなことを言われたものだから、アーシャは何も言えずに真っ赤になってしまう。

 そんなアーシャを見てくすりと笑うと、ルキアスはいきなりふわりとアーシャの体を横抱きに抱えあげた。


「はひっ!?」

「一緒に来てくれ」


 それだけ言うと、ルキアスは返答も聞かずに翼を広げて飛び立つ。


「え、えぇぇぇ……!? 私の方が先約なんですけどぉ……」


 プリムの悲痛な叫びにもルキアスは動じず、アーシャはいとも簡単に彼に連れ去られてしまったのだった。


『あっ、待てやコラ!』

『アーシャをどこに連れていくつもりですの!?』


 慌てたように精霊たちも追いかけて来るが、ルキアスの方がずっと速い。


「ひぇ……!」

「落ちないように気を付けてくれ」

「は、はい!」


 ルキアスに抱えられ、まるで鳥になったかのようにアーシャは上空から地上を見下ろした。

 こうして彼に抱えられて空を飛ぶのは二度目だが、何とも言えない感動が押し寄せてくる。

 ぐんぐんと風を切るように滑空し、ルキアスはどんどんと空の上へと高度を上げていく。

 やがて彼が、とん、と軽く降り立ったのは魔王城の最上階の尖塔屋根にあしらわれたオブジェの上だった。

 梯子も階段もないその場所は、翼を持つ者でなければ立ち入ることすらできない領域だった。

 彼は丁重な手つきでアーシャを安定した場所に降ろすと、万が一にも落ちないように肩を抱くようにして支えてくれる。


(あわわわわわわ……)


 何が何だかわからないまま、アーシャの内心は静かにパニック状態だった。

 心臓がバクバクと早鐘を打っていて、ルキアスの体温を感じてしまうだけで全身の血液が沸騰しそうになってしまう。

 そんなアーシャの乱心を知ってか知らずか、ルキアスはわずかに屈みこんでアーシャの耳元で囁いた。


「下を見てくれ」

「はえっ!?」


 突然の囁きに、反射的に彼の言う通り下を見てしまう。

 そして……思わず感嘆の声を上げてしまった。


「わぁ……!」


 魔王城の前に広がる広場には、多くの者が集まっていた。

 バルドたちオーガ族、プリム達夢魔族、それに愛らしいモフクマたち……。

 それだけではなく、多種多様な魔族の者たちでごったがえしていたのだ。


「こんなにたくさんに方が来てくださったんですね……」

「あぁ、俺もこんな光景を見るのは初めてかもしれない」


 アーシャはどこか誇らしいような気分で、眼前の光景を眺めた。

 この場所でも、城下に集まった者たちの楽し気な雰囲気が伝わってくるようだった。

 不意にドンドンと大地を震わせるような音が響き渡り、アーシャは何事かと視線を走らせる。

 見れば、バルド率いるオーガ族の者たちが楽しそうに太鼓を叩いていた。

 その統率されたリズムと威勢の良さは、聞いているだけで元気が沸き上がってくるようだった。


「威勢のいいオーガ族のことだからこの場所でも暴れ出すかと思ったが……どうやら有り余る力のぶつける先を見つけたようだな」

「ふふ、楽しそうでよかった……」


 鳴り響く太鼓の音に、集まった者たちは歓声を上げている。

 その光景を見つめ、ルキアスは感慨深げに目を細めた。


「……君のおかげだ」

「えっ?」

「君がこうしてやってくるまでは……こんな風に異なる部族の者たちが協力し合う光景なんて考えられなかった」

「そんな……私なんて、なにも。この地に平和をもたらしたのは魔王様のお力で――」

「俺は圧倒的な力で無理やりねじ伏せることしかできなかった。皆、従っている振りをしているだけで隙あらば俺の首を狙っているだろうからな。でも……君はそうじゃない」


 ルキアスがアーシャを見つめる。

 真摯な色を宿した瞳に見つめられ、アーシャの心臓がとくんと音を立てる。


「君はこの地に新たな価値観をもたらしてくれた。奪うだけでなく、育てることができるのだと。他者を蹴落とすのではなく、協力して新たな物を生み出すことができるのだと、皆に教えてくれただろう」

「そう、でしょうか……」


 なんだか照れくさくて、アーシャはそっと俯いた。

 するとルキアスの手が伸びてきて、しなやかな指先がそっとアーシャの頬を撫でた。


「あぁ、君のおかげだ。……君を迎えることができてよかった」


 その言葉が、胸の内側へと染みこんでいく。

 自分などいなくてもいいのだと、誰にも必要にされていないのではないかという不安が、ゆっくりと氷解していくようだった。


「あ、れ……私……」


 気が付けば、アーシャの目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。

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