56 おしゃれは大切です
背後から急に抱き着かれ、アーシャはスープの鍋に頭を突っ込む直前でなんとか踏みとどまった。
「危なかった……おや、プリムさん。どうかしたんですか?」
「あのねあのね、アーシャに見て欲しいの!」
何が何だかわからないまま、アーシャはプリムに手を引かれるままに足を進めていく。
たどり着いたのは、広場の一角――なぜか多くのテントが立ち並ぶ区画だ。
その場の光景を見て、アーシャは驚きに目を丸くした。
その場所は、多くの魔族の女性でごった返していた。
彼女たちが身に着けているのは、いつもの下着と見紛うような煽情的な服……ではなく、様々な色やデザインの、工夫を凝らした服ばかりだったのだ。
さながらファッションショーのようなその場の光景に、アーシャは呆気に取られてしまった。
「これは、どういう……」
「あのね、私……勇気出してみんなに言ってみたの。もっと可愛い服が期待し作りたいって」
アーシャの隣のプリムが、どこかはにかむように……それでも得意げな表情で教えてくれる。
「『次の長の癖に情けない』とか『軟弱者』とかボコボコにされるかと思ってたんだけど……それがね! 以外にもみんな協力してくれたんだ!」
プリムによれば、てっきりプリムの行動を咎めるかと思われた彼女たちは、しばらく黙り込んで顔を見合わせた後……次々と賛同してくれたのだという。
「たぶん、みんな同じだったんだ。私たちの服ってさ、おしゃれっていうよりも機能性実用性重視だったから、こんな風にひらひらした服を着ることなんて考えもしなかったけど……でもでも、みんな心の底では可愛い服着たいって思ってたんだよ!」
確かにプリムの言う通り、集まった女性たちは皆和気あいあいと服を選んだり、お互いに着飾った姿を見せあってキャッキャッと楽しんでいるようだった。
その姿は、アーシャを詰問しに魔王城までやって来た時の鬼気迫る姿からは信じられないほどだ。
「ねぇ、みんな楽しそうだと思わない?」
「……えぇ、そうですね」
「アーシャのおかげだよ」
「えっ?」
驚いて振り向くと、プリムは顔を赤らめてもじもじしながらも一生懸命に口を開いた。
「アーシャが来てくれたから、私……本当に自分のやりたいことを見つけられたし、こうやってみんなに認められることもできたんだ。私、戦いよりもこうやってみんなで可愛い服を着たり考えたりする方が好きみたい」
照れたように「えへへ」と笑うプリムに、つられてアーシャもにっこり笑った。
「きっと、プリムさんにはファッションデザイナーの才能があるんですね」
「ふぁっしょんでざいなー?」
こてんと不思議そうに首をかしげるプリムに、アーシャは説明を加える。
「私の故郷では、服をデザインしたり作ったりする人をそう呼ぶんです」
「そうなんだ……! じゃあ私、ファッションデザイナーになりたい! もっともっと、みんなに可愛い服を広めるんだ。あっ、長になれば権力を利用して広報活動がやりやすくなるかも……?」
「あはは、たくましいですね」
ぶつぶつと算段を立て始めたプリムに、アーシャはくすりと笑った。
初めて会った時は、それこそ少し物音が聞こえただけで大げさに怯えるような少女だったのに……彼女も変わり始めている。
やりたいことを見つけ、夢に向かって努力し、周囲にも認められつつあるのだ。
きっと、彼女は良い長になれるだろう。
(本当によかった。でも少し寂しいような……)
「あっそうだ。もちろん、アーシャにも特別な衣装作ったから着てみてよ!」
「えっ、私にですか?」
「そうそう、こっちこっち」
ぐいぐいとテントの一つに連れ込まれ、あっという間に服をはぎ取られ……気が付けば、プリムの手によって着替えさせられていた。
「ほら見て、すっごい可愛い!」
目を回すアーシャに、プリムが姿見を見せてくれる。
その中に映る自分の姿に、アーシャは息を飲んだ。
「すごい……! これもプリムさんが作られたんですか!?」
「うん! 一番の力作だよ!」
故郷で見たようなドレスとは、素材も織り方も全く違うようだった。
だがそれは……ため息をつくほど美しいドレスだったのだ。
柔らかな秋の風のような、かすかに落ちる夕陽のような……落ち着いた優しい色をしている。
ふんわりと広がるスカートの裾には、アーシャの見たことのない紋様が織り込まれていた。
肩に羽織るマントが、まるでルキアスとお揃いのようで知らず知らずのうちに口元が緩んでしまう。
「アーシャのために作ったんだ。あの、これからも仲良くしてくれると嬉しいなって……」
「プリムさん……」
頬を赤らめてもごもご言うプリムに、アーシャは不覚にもきゅんとしてしまった。
「ありがとうございます、プリムさん。私も……ずっと、仲良くしてくださると嬉しいです」
「うん、うん……! じゃあ、このまま遊びに行こうよ! アーシャの作った料理も食べたいし!」
二人で顔を見合わせ、くすりと笑う。そのままテントから出ると、不意に周囲がざわついた。
いったい何が……と顔を上げ、アーシャは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「魔王様!?」




