55 みんなの笑顔が見たいから
「わぁ、にぎやかですね……!」
魔王城から一歩外に出た途端、アーシャは感嘆のため息を漏らしてしまった。
収穫祭の会場となるのは、魔王城の正門前の大きな広場だ。
普段は荒廃した印象の強いその場所が……今や、驚くほど様変わりしていた。
『見て、あのガーゴイル像!』
『あら、花冠を付けられて……可愛らしいですわね』
子どもが見たら泣きだしそうな恐ろしい形相のガーゴイルも、今日は可愛らしい花冠を身に纏い、どこか浮かれた雰囲気を醸し出している。
以前、アーシャが手慰みにモフクマたちに教えたものだが、彼らはしっかりと覚えていて飾り立ててくれたのだろう。
遠くから魔族の子どもが駆けてきて、ガーゴイル像の周りを楽しそうに駆け回っている。
その光景を、まるで美しい絵画を眺めるような気分で、アーシャは見つめていた。
(みんなの笑顔、良かった……)
少しずつ、何かが変わり始めている。
それは、泣きたくなるほど嬉しい感覚だった。
足を進めると、いくつものテーブルが並べられた区画にたどり着く。
これこそ収穫祭のメイン――農場で育てた作物を用いた料理の数々だ。
ゴロゴロ芋(命名アクア)のフライドポテト、アスパラガスによく似た野菜――グリーンスピアのベーコン巻、七種のキノコラザニア、赤カボチャとニンニクのピューレ……もちろん、食欲旺盛な魔族の皆さんに満足していただこうと肉料理も取りそろえた。
ミノタウロスのポットロースト、コカトリスの手羽先……どれも、アーシャが苦労して食材を集め、ファズマにしごかれながら作り上げた自信の料理たちだ。
(皆さん、喜んでくださるでしょうか……)
人間であるアーシャが主導し育てた作物など、食べてくれないかもしれない。
余計なことをするなと、失笑されるかもしれない。
――「役立たず」
婚約者であるセルマンにそう糾弾されたことを思い出す。
……アーシャだって、そんなことを言われてまったく落ち込まないわけではない。
普段は皆に心配を掛けまいと明るく振舞っていても、不安になることだってあるのだ。
(私は、誰かに必要とされているのでしょうか)
そんな不安を胸に抱えながら、アーシャはおそるおそる顔を上げる。
そして……驚きに目を見開いた。
アーシャの視線の先では数多の魔族が集まり、料理を食べながら楽しそうに談笑していたのだ。
「美味いなこれ! ミノタウロスの肉……だよな?」
「うそっ! 全然臭くないじゃん! どうなってんの?」
料理を口にする者たちの顔には、いちように笑顔が浮かんでいる。
その光景を見ただけで、アーシャは胸がいっぱいになってしまった。
『よかったね、アーシャ』
『頑張った甲斐があったな』
「はい……はい!」
思わず涙が零れそうになって、アーシャは慌ててぱちぱちと瞬きした。
すると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「よぉアーシャ! なにやって……って大丈夫か!?」
声をかけてきたのはバルドだった。アーシャが泣きそうになっているのに気付いたのか、彼は慌てたようにアーシャの両肩を掴んだ。
「まさかルキアスの奴になんかされたのか!? あの野郎、今すぐぶっ飛ばしてやる!」
「ちちち違いますから落ち着いてください!」
何やら勘違いして駆け出そうとするバルドを必死に押しとどめているうちに、涙も引っ込んでしまった。
コホンと咳払いし、アーシャはあらためてバルドに向き直る。
「バルドさんも来てくださったんですね」
「当たり前だろ。今日のためにばっちり準備してきたからな!」
そう言って、バルドは広場の一角を指し示した。
そこには、彼の仲間のオーガ族がせかせかと会場の準備をしている。
彼らが並べているのは……。
「太鼓……ですか?」
「おう。元は戦の指示に使ってたんだけどな、お前を……その、誘拐した時に思ったんだ。もっと他の使い方があるんじゃねぇかって」
「他の使い方……?」
「太鼓って楽器だろ。だったらばっちり奏でてやらねぇとあいつらにも失礼だからな。……昔は、どこも戦ばかりでこんな風にガキが群れを離れて走り回るなんて考えられなかった。弱い奴はすぐ死ぬからな。……時代は変わった」
「バルドさん……」
「あっ、もちろんいい意味だから心配すんなよ! 準備が出来次第演奏を始めるから、しっかり聞いとけよ!」
「はい、楽しみにしてますね!」
「おう、任せろ! 俺たちのソウルビートでお前をあっと驚かせてやるよ!」
そう言うと、バルドは手を振りながら去っていった。
その表情ははつらつとしていて、アーシャまでつられて明るい気分になりそうだ。
「ふふ、それじゃあ私も……」
せっかくだから料理を頂こうと、意気揚々と手を伸ばしかけたその時――。
「アーシャ、やっと見つけた!」
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