54 きっと、今日は特別な日になるはず
いよいよ、収穫祭の当日がやって来た。
厨房に朝日が差し込み、床で気絶していたアーシャははっと目を覚ます。
「あ、新しい朝が来た……」
よろよろと立ち上がり、ぐるりと周囲を見回す。
少し前までフル稼働していた厨房はひどい惨状で、床には先ほどまでのアーシャと同じくモフクマたちが死屍累々と倒れている。
ファズマの課した試練を突破したことにより、彼がアーシャの収穫祭での 料理を監修してくれることとなった。
これで順風満帆……かと思われたが、ファズマのレッスンはアーシャの予想以上にスパルタだったのだ。
――「ふん、そんな稚拙な手つきじゃすべての芋の皮をむくのにあと百年はかかりそうですね」
――「ふむ、試作ができましたか。これは……100点満点中3点といったところでしょうか」
――「スープ? これが?? ただの泥水かと思いましたよ」
まるで小姑のように、彼はねちねちとアーシャの料理に文句をつけ続けた。
精霊たちは「スープと一緒にあいつも煮てやれ」「丸焼きにしろ」と騒いだが、アーシャは何度もファズマにぶつかっていった。
(ファズマさんがこうやって私に厳しくされるのは、それだけ私に期待してくださってるからですよね……!)
ポジティブな性格が幸いして、アーシャが折れることはなかった。
何度も何度も特訓を重ね、魂を燃やし、至高の領域を目指し精進を続けた。
そしてついに、ファズマの舌をも唸らせる料理が完成したのである。
すぐさま量産体制に入り、モフクマたちにも協力してもらって……なんとか、今日の日を迎えることが出来たのだ。
「はぁ、さすがに四徹はきついですね……」
料理が完成したのは、本日の朝日が昇る少し前の事だ。
そのまま床へ倒れるように眠り込んで……少しは体力も気力も回復したようだ。
(あれ、ファズマさんがいない……)
ぶつぶつ言いつつも率先してアーシャを手伝ってくれていた彼がいない。
そっと厨房の外へ出ると、すぐにファズマの姿を見つけることが出来てアーシャはほっとした。
「いいですか。この鍋は2番テーブルに。あちらの大皿は三番テーブルに。つまみ食いをする不届き者が発生しないように見張りを付けるように徹底してください」
彼は疲れを感じさせない、きびきびした動作で配下の魔族たちに指示を出していた。
だがさすがの彼も疲労しているのか、厨房にいた時のままフリフリのエプロン(アーシャのお手製)を身に着けている。
そのせいで配下の者たちに不審な目で見られているが、当の本人は気づいていないようだ。
「それでは皆、作業を始めてください」
彼が指示を出し終わったのを確認して、アーシャはそっと声をかけた。
「おはようございます、ファズマさん。何から何までありがとうございます」
「うわっ、聖女様!? べっ、別にこれはあなたの考案した収穫祭だから成功させたいというわけではなく、魔王様の威光を皆に知らしめる良い機会だというだけですので!」
「ふふっ、そうですね。あと、割烹着脱ぐの忘れてますよ」
「なっ!? き、気づいていたのならもっと先に言ってください!」
顔を赤らめたファズマがぶつぶつ言いながら、足早に去っていく。
その背中を見送って、アーシャはくすりと笑った。
「さぁて、私も行きますか!」
『アーシャ、寝ぼけて転ぶなよ』
『髪がぼさぼさですわ! その姿で外に出るなんて見過ごせません!』
『ほら、顔洗いに行こ! シャキッとするよ』
『気分の切り替え、大事……』
わぁわぁとアーシャの体調を心配する精霊たちに引っ張られるようにしながらも、アーシャはどこかすがすがしい思いを感じていた。
(きっと、今日は特別な日になるはず……!)
幸いにも天気は好天に恵まれた。
きっと、良い一日になるだろう。




