53 まごころが大事なのです
「美味しい、美味しいです……!」
「どんどんおかわりしてね」
年季の入ったテーブルは小さく、七人で囲むにはいささか狭いような気がしたが……それでもアーシャは満ち足りた気分で夕食の席に着いた。
木皿にたっぷりとよそわれた「ドラゴンの尻尾肉の渓谷風シチュー」は、一口食べただけでアーシャの舌を感激させた。
(ドラゴンの肉の旨みがたっぷりとシチュー全体に染み込んでる……! あれだけの食材を入れたのに、少しも反発しないで完璧な調和が保たれているし、さすがはファズマさんのお母様……!)
ここ最近料理研究に熱中していたアーシャから見ても、このシチューは絶品だった。
感激に打ち震えるアーシャを見て、ファズマの母は心配そうに眉根を寄せた。
「あら……お口に合わなかったかしら」
「いえっ……! 美味しすぎて感動しておりまして……」
「それはよかったわ。あの子――ファズマもね、このシチューが大好きだったの。たまに夫がドラゴンを狩ってきた時は、それこそ大喜びで食べてくれたものよ」
「私も料理を作るんですけど、なかなかうまくいかなくて……さすがです」
「……ねぇアーシャさん。料理を作るうえで、万能の隠し味が何かご存じかしら」
アーシャが首をかしげると、彼女はくすりと笑って、教えてくれた。
「それはね……『愛情』だと私は思うの。私はこの子たちに美味しいと思ってほしくて、いつも料理を作ってる。そうすればね……難しいことを考えなくても大抵はうまくいくのよ」
「愛情……」
アーシャは自分の胸に手を当てて思い返してみた。
確かにここに来てアーシャが料理を作る時は、愛情よりも収穫祭を成功させなければという義務感や、ファズマの舌を唸らせたいという承認欲求が上回っていた。
きっと、それでは駄目だったのだ。
(昔、孤児院や神殿のみんなと料理した時は……粗末な食事でも楽しかったな)
「……ありがとうございます。忘れていた大事な記憶を思い出しました。あの……よろしければおおまかなレシピを教えていただけないでしょうか?」
「えぇ、喜んで」
その夜、子どもたちに挟まれるようにぎゅうぎゅうの状態でアーシャは眠りについた。
そして翌朝、名残を惜しみながらもファズマの家族に手を振って、アーシャは渓谷を後にした。
……すれ違いざまに、数匹のドラゴンから尻尾を頂いていくのも忘れずに。
◇◇◇
「ファズマさん! 審査お願いします!」
今日も今日とて聖女アーシャの襲撃を受け、ファズマはあからさまに大きなため息をついた。
「まったく、あなたも凝りませんね。まだあきらめていなかったのですか」
「今回は自信作です。必ずファズマさんの舌を唸らせてみせますから!」
アーシャが持参した鍋の蓋を開けた途端、ファズマの表情が一変する。
「なっ、まさかこれは――」
「ドラゴンの尻尾肉のドラゴンの尻尾肉の渓谷風シチュー……食べていただけますよね?」
教えてもらったレシピを自分なりにアレンジして、たっぷり隠し味の「愛情」を込めた自信作である。
「まったく、誰の入れ知恵ですか……」
ファズマはぶつぶつ文句を言いつつも、一口スプーンを口に運んだ。
そして驚いたように目を見開いたのち……ぱくぱくと無言で勢いよくシチューを平らげていく。
『うわっ、すごい食べっぷり』
『苦労の甲斐がありましたわね、アーシャ』
ファズマは最後の一口まで綺麗に平らげると、静かに口を開いた。
「まぁ…………及第点をあげてもいいようですね」
「本当ですか!? ありがとうございます! 今度ファズマさんのお母様に会ったらお礼を言わなきゃ」
「やっぱりあそこに行ったんですか! まったく……」
ファズマは少し照れくさそうにぶつぶつ言っている。
「……素敵なご家族ですね。収穫祭の折には皆さまもお呼びしましょう!」
「なんでそう先走るんですか、あなたは! とにかく! まだ第一関門を突破したに過ぎないということを肝に銘じてください。その収穫祭とやらが魔王陛下の名のもとに催される告示行事である以上、私もしっかりと監修させていただきますので!」
「手伝っていただけるんですか? 嬉しいです」
「手伝いではなく監修です! 間違いのないように!!」
くどくどと小言を言うファズマに、アーシャはくすりと笑う。
何はともあれ、ファズマの家族のおかげで大切なことを思い出すことができた。
きっと料理を作る真意を忘れたまま収穫祭の準備を進めても、アーシャの考えるように魔王領の者たちの心には響かなかっただろう。
(あれ、もしかして……魔王様が私に渓谷に行くように勧めたのも、ファズマさんのご家族に会わせるため……?)
もしかしたら彼は、アーシャに欠けているものを気づかせるために、そう仕組んだのだろうか。
「聞いているんですか、聖女様!?」
「はいはい聞いてます!」
何はともあれ、ファズマの試練を突破し彼の協力を取り付けることもできた。
(よし、ぜったいに収穫祭を成功させよう!)
あらためて、アーシャはそう心に誓ったのだった。




