52 アットホームなご家庭です
『えっ、あのパシリ野郎の弟かよ』
『そういえばどことなく顔立ちが似ているような……』
『世間って狭いね~』
『すごい、確率……』
精霊たちも驚いたように、ファズマの弟らしき少年の周りをグルグル回っている。
彼はきらきらと目を輝かせて、アーシャを見つめている。
その無垢なまなざしに、勝てるはずなどなかった。
気を落ち着かせるように息を吸って、アーシャはにっこりと笑みを浮かべてみせる。
「はい、ファズマさんのことならよく存じております。私もいつもお世話になっていまして――」
「本当か!? なぁ、俺の家この近くにあるんだ。他の家族もいるから……もっと兄ちゃんの話聞かせてくれよ!」
少年はぐいぐいとアーシャの手を引っ張るようにして、返事も聞かずに歩き出した。
その浮き立った様子に、アーシャは思わずくすりと笑ってしまった。
(ふふ、お兄さんのことが大好きなんですね……)
ファズマから家族の話などは聞いたことがなかったが、こんなに懐いてくれる弟がいるなんて。
幼い頃に両親を失い天涯孤独となったアーシャからすれば、なんとも微笑ましい光景に他ならない。
少年は足場の悪い渓谷をひょいひょいと進み、やがてたどり着いたのは……年季の入った木造の簡素な家だった。
(他の家族がいるってことは……お父さんとお母さんと一緒に暮らしているのかな? ご近所さんはいないみたいだけど……)
見る限り、このあたりにある家はこの一軒だけのようだ。
そんなことを考えるアーシャの目の前で、少年は家の扉を押し開く。するとその途端――。
「あっ、兄ちゃんだ!」
「おかえりー!」
「なんか獲れた?」
「おなかすいたー!」
家の中から飛び出してきたのは、目の前の少年よりも更に小さな子どもたちだった。
その数四人。まさかの展開に、またもやアーシャは驚愕してしまった。
(もしや……この子たちも兄弟!?)
少年の背後で面食らうアーシャに気が付いたのか、子どもたちの興味津々といった視線が突き刺さる。
「あれ、その子だれー?」
「食べれるの?」
「馬鹿、食べれるわけないだろ!」
「じゃあだれー?」
「えっと……」
言いよどむアーシャの前で、更に新たな人物が顔をのぞかせた。
「こらこら、お兄ちゃんが困ってるでしょう? そんなに一気にじゃれつかないの。……あら?」
現れたのは、美しい銀の髪をなびかせた柔らかな雰囲気の女性だ。
彼女はアーシャを見て一瞬驚いたような表情をしたが、すぐににっこりと笑った。
「あらあら、お客さんなんて嬉しいわ。どうぞ、中へいらしてくださいな。たいしたおもてなしはできませんが、ゆっくりしていってくださいね」
「お、お邪魔します……」
その柔らかな笑顔に後押しされるように、アーシャはおずおずと家の中へと足を踏み入れるのだった。
◇◇◇
「そう、ファズマは元気にしてるのね。安心したわ。あの子ったら、仕送りは来るのに近況はさっぱり教えてくれないんだから……」
目の前でそうぼやく女性に、アーシャはほっこりした気分で出されたお茶をすすった。
特製キノコ茶は今まで味わったことのない独特の味だが、不思議とやみつきになりそうだ。
アーシャは一息ついて、そっと家の中へ視線を走らせた。
質素な家の中はいたるところに薬草や野菜やキノコが干してあり、家庭的な雰囲気が感じられた。
テーブルの周りをドタドタと子どもたちが駆けまわり、実ににぎやかだ。
……ここが、あのファズマの育った場所なのだ。
どうやら彼は、この家の六人兄妹の長男であるらしい。
(意外過ぎる……!)
まさかあの、いかにも冷血な雰囲気をただ寄らせる四天王の一人ファズマが!
こんな家庭的な家で育っていたなんて!
アーシャは(ただいま絶賛しごかれ中ということを除いて)無難にファズマの近況を伝えた。
すると目の前の女性――ファズマの母は、嬉しそうの表情を緩めた。
「私たち、戦火を避けるためにこんな辺鄙な場所で暮らしているのだけれど……あの子ったら急に『もっと強くなりたい』なんていって飛び出していったのよ? 魔王城なんて危険な場所でやっていけるのか心配だったけど……あなたのお話を聞いて安心したわ」
「ファズマさんは魔王城でも随一のしっかり者ですよ。みんなに頼りにされてるんです」
「あらあら、あんなに泣き虫だったあの子がそんなにしっかり成長したなんて……時がたつのは早いものね」
『こんなにおっとりした女性からあのファズマが生まれるなんて……生命の神秘を感じますわ』
『ファズマのママ、綺麗だね』
『ファズマママ……』
『舌噛みそうになるだろやめろ』
そんな精霊たちの雑談を聞きながら、アーシャはファズマの母親にねだられるままに彼のしっかり者エピソードを披露するのだった。
気が付けばいつのまにどっぷり日が暮れており、窓の外は宵闇に包まれている。
「あっ、もうこんな時間……」
「よければ泊って行ってくださいな。夫は狩りでしばらく不在にしていて、人数が多い方が嬉しいもの」
「ご迷惑じゃないでしょうか……」
「構わないわ。さて、夕食は何にしようかしら……」
「あの! よろしければこれを使ってください!」
せめてもの手土産にとばかりに、アーシャは昼間に狩った小型ドラゴンの尻尾を差し出した。
その途端、子どもたちから歓声が上がる。
「やったー!」
「ドラゴンの尻尾だいすきー!」
「ママ、シチューにしようよ」
「あら……嬉しいけど、本当にいいの? ドラゴンの尻尾なんて、滅多に狩れるものじゃないでしょう?」
「いえ、大丈夫です!」
割と簡単にスパッと切れたのもあって、アーシャは笑顔でドラゴンの尻尾を献上した。
「ふふ、ありがとう。じゃあ特製の渓谷風シチューを作らせてもらうわね」
「私もお手伝いします!」
颯爽と立ち上がったアーシャに、ファズマの母はにっこりと笑った。
アーシャが精霊たちの力を借りてドラゴンの尻尾の鱗を剥ぎ、さばいている間に、ファズマの母は家中に干してある食料を集めてポンポンと鍋に投入していく。
その迷いのない鮮やかな手つきに、アーシャはほぅ、と感嘆の息を漏らす。
「さすがですね……」
『モフクマのよたよたした手つきに比べると段違いだな』
アーシャが肉を切り分け終わるころには、彼女はその他のすべての準備を終わらせていた。
ぐつぐつと煮え立つ鍋にドラゴンの尻尾肉を投入し、ゆっくりとかき混ぜていると……アーシャの足元にファズマの弟妹たちがじゃれついてくる。
「ねぇ、もっとお兄ちゃんのお話聞かせて!」
「ここは私に任せて、よかったら子どもたちと遊んであげてもらえる?」
「はい!」
こうしてたくさんの子どもに纏わりつかれると、孤児院で暮らしていた時を思い出す。
(懐かしい。みんな元気かな……)
きっと今頃は、カティアが新しい聖女になり王国はますます発展を遂げていることだろう。
そんな郷愁の念に駆られながらも、アーシャはまるで家族の一員になったかのように子どもたちと遊ぶのだった。




