51 意外と世間は狭いです
そうしてポチに騎乗し西へ西へと駆け……やがてアーシャがたどり着いたのは、険しい山々の連なる渓谷地帯だった。
「わぁ、絶景ですね……」
「クゥン」
悠々とそびえたつ山々に、その間を流れゆく滝や河川。空を見上げれば、飛竜が連なってどこかへ飛んでいくのが見える。
『へぇ、いいところじゃん』
『ですが、住むのに適しているとは思えませんわ』
確かに、険しい地形に加えてこうも竜がうろうろしていると、とてもじゃないけど落ち着いて暮らせる場所ではないだろう。
「でも、ピクニックとかしたら楽しそうですよ」
『そう思うのはアーシャだけだって』
『普通に、危険……』
「むぅ」
ちょっと気になる言葉が聞こえないでもなかったが、気を取り直しアーシャは周囲を見回した。
「ドラゴンの尻尾は切り落としてもまた生えてくるんですよね。というわけで、拝借させて頂こうと思うんですけど――あれ?」
不意に獣の咆哮のような声が聞こえ、アーシャは声の方へと視線を走らせた。
『さっそくドラゴンのお出ましか!』
『スパッと尻尾を頂きましょう』
「そのつもりですが……何か、様子が――」
耳をすませばドラゴンの咆哮に加えて、誰かの悲鳴も聞こえてくる。
アーシャはポチに頼んで、声の方へと駆けた。
(誰かが、ドラゴンに追われてる……? だったら助けないと……!)
ルキアスに寄れば、この渓谷一体もルキアスの支配する領域に含まれるということだった。
ということは、彼が守るべき民なのである。
ルキアスの婚約者であるアーシャも、当然見捨てることなどできるはずがない。
『アーシャ、あそこ!』
『ドラゴンと追いかけっこ……?』
「そんな可愛い感じではなさそうですね……!」
視線の先では、魔族の子どもが小型のドラゴンに追われて必死に走っていた。
ドラゴンは時折ブレスを吐き、子どもを仕留める気満々のようだ。
「アース、壁を作ってあの子を守ってください!」
『了解』
そう頼むやいなや、子どもとドラゴンの間に巨大な土壁が隆起し、ドラゴンは勢い余って壁に衝突した。
『アーシャ、今だ!』
「はい!」
フレアが炎を纏う剣に姿を変え、アーシャの手に収まる。
それと同時にウィンディアの加護で、全身が羽のように軽くなったのを感じた。
『足止めするから、一瞬でスパッとやっちゃって!』
「わかりました!」
アクアが巨大な渦を作り出し、中へドラゴンを閉じ込める。
そしてドラゴンがあたふたしている間に……アーシャの剣が一閃し、ドラゴンの尻尾をスパッと切り落とした。
「ギャウ!?」
「悪く思わないでくださいね、これも弱肉強食の掟です。さて……まだ続けるというのなら、喜んで相手いたしますがどうします?」
少し挑発するようにそう言うと、ドラゴンはアーシャに恐れをなしたかのように後ずさり……すぐさまバサリと翼を広げて飛び去って行った。
「ふぅ……こけおどしでしたがなんとかなりましたね」
ほっと安堵の息をついて、アーシャは切断した尻尾を掴むと土壁の向こうの子どもの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけると、怯えたように座り込んでいた子どもがおそるおそる顔を上げる。
魔族の実年齢はいまいちよくわからないが、人間で言うと十歳くらいの見た目の少年だった。
その少年の顔を見た途端、アーシャはふと既視感に襲われた。
(透けるような銀色の髪……なんとなく、ファズマさんに似てますね)
「どこかお怪我はありませんか?」
「いや……大丈夫」
アーシャが手を差し出すと、少年はおっかなびっくりと言った様子でその手を取り、立ち上がった。
その足取りはしっかりしており、アーシャはほっとした。
「その……助けてくれてありがとう。でもあんた、見ない顔だな。どっから来たんだ?」
「申し遅れました、私はアーシャと言います。魔王城から来ました」
「魔王城!?」
「魔王城」という単語を出した途端、目の前の少年は驚くくらいの反応を見せた。
てっきり恐れられているのかと思いきや――。
「すっげぇ、魔王城から来たのかよ! なぁなぁ、俺の兄ちゃん知ってるか?」
「に、兄ちゃん……?」
「ファズマって名前で、すっげぇかっこいいんだ!」
(まさかの弟さん!?)
思いがけない巡り合わせに、アーシャは驚愕した。




