50 魔王様に助言を頂きました
集中しすぎていて気付かなかったのか、気配を消して忍び寄って来たのか……とにかく彼の存在に気づいていなかったアーシャは慌てた。
魔王様の突然の厨房視察に、モフクマたちもあたふたしているようだ。
「ど、どうなさったんですか!? いきなり……」
「……最近、君は忙しくしているようだな」
「えっと、そうですね……?」
彼はどこか不満げな表情で、じっとアーシャを見つめている。
彼が何を言いたいのかわからずに、アーシャは首をかしげてしまった。
「収穫祭の準備を進めておりまして、それにかかりっきりだったんです」
「なるほど、それで俺の部屋にも来なかったわけか」
「うっ」
確かに真夜中まで厨房で料理研究に励んでいたので、ここのところルキアスの抱き枕役はご無沙汰になっていた。
(それは申し訳なかったけど……まさか、それでわざわざ私に会いに来られたんですか?)
もともと昼夜逆転生活を送っていた彼のことだ。抱き枕がないと寝れないのかもしれない。
とりあえずアーシャは、足元にいたモフクマを抱っこしてルキアスに手渡した。
「魔王様も寝室にモフクマを侍らせたらどうですか? 癒されますよ」
「いや、俺は君がいい」
「うっ」
ストレートな発言に、アーシャは心臓の真ん中を矢で射抜かれたかのような感覚に陥った。
(確かにモフクマよりも私の方がジャストサイズなのかもしれないけど……その言い方は反則ですね!)
「で、では時間が出来たらまたお伺いしますね……」
「あぁ、それと……ファズマのために料理を作っていると聞いた」
「あっ、はい。ファズマさんはお料理に詳しいので、鍛えてもらっているんです」
今までのいきさつを説明したが、ルキアスはなぜか不満げな表情のままだ。
「聖女殿、君の婚約者はこの俺だろう」
「はい、そのはずですけど……」
「それなら……」
ルキアスの指先がこちらへ伸びてくる。
彼の血のような真紅の瞳に見つめられ、アーシャは身動きも、呼吸すら忘れて固まってしまう。
「婚約者が他の男のもとに足繁く通い、手料理を食べさせているとなると……俺も心穏やかではいられないな」
ルキアスのしなやかな指が、そっとアーシャの頬をなぞる。
一拍遅れて、アーシャはぶわりと全身の血が沸騰するような熱に襲われた。
(あああぁぁぁぁ、もう! この御方はそうやってまた私を弄んで……!)
別に、ルキアスが本気でむくれているわけではないことくらいアーシャにもわかる。
ただ彼は、アーシャをからかって遊んでいるだけなのだろう。
「ご心配なく、魔王様! 今私はファズマさんの弟子として修業中なんです。一人前と認められた暁には、極上の料理を魔王様に献上してみせます!」
「……なるほど。それでファズマに一人前と認められそうなのか?」
「うっ……それが、なかなか苦戦しておりまして……」
しどろもどろになるアーシャに、ルキアスはくすりと笑った。
「俺は何でも食えるからあまり気にしたことはないが……なかなか料理というのは奥が深いようだな」
「そうなんです。特にファズマさんは厳しくて……」
「……あいつを認めさせたいのなら、西の渓谷へ行ってみるといい。小型のドラゴンが生息しているのだが、奴らの尻尾は何度切っても再生し、食べると美味いと聞く」
「本当ですか!?」
ルキアスからもたらされた情報に、アーシャはぱっと顔を輝かせた。
ルキアスは満足げに微笑むと、アーシャの頭を撫でた。
「あぁ、もしかしたら何か解決の糸口が見つかるかもしれないな」
「はい、ありがとうございます。魔王様!」
何度も礼を言うアーシャの耳にそっと口元を近づけ、ルキアスは甘く囁いた。
「君が俺のために料理を作ってくれる日を、楽しみにしている」
「わぁ……し、精進しますね……」
真っ赤になってもごもごとそう呟くアーシャを見て、ルキアスは今度こそ踵を返した。
その後ろ姿を見送り、アーシャはほぅ、と熱い吐息を漏らす。
「び、びっくりした……」
『なんだよあのキザ野郎! 調子に乗りやがって……!』
『許可もなくレディの頭を撫でるなんて万死に値しますわ!』
『でもアーシャはまんざらでもないんだよね~?』
『ちょっと、嬉しそう……』
「べ、別にそんなことないですよ! ほらほら、せっかく魔王様が教えてくださったんだから渓谷に行く準備をしますよ!」
少しだけ赤らんだ顔を誤魔化すように、アーシャは慌ててそう口にした。




